35 共に過ごす
両親の部屋以外には、家族の気配がほとんど無い、とイーリスは言う。時と共に両親への思いが薄れているかと思い、ジャイルズはやるせない顔をした。
「そうじゃないの。想い出は積み重なっていくから、毎日暮らしている場所だと、古い記憶は沈んでいくのよ」
ジャイルズは少し考えてから、僅かに涙ぐむ。
「消えちまうわけじゃねぇんだな?」
「そうよ」
イーリスはそっとジャイルズの背中をさする。ふたりは、両親が使っていた部屋の入り口でしばらく黙って立っていた。
次の日、ふたりは賢い龍を訪ねて行った。
「ジャイルズと共に暮らすことにしたのか」
賢い龍は特に驚く様子もなく、イーリスに言った。精霊が気に入った人間と共に暮らすのは、よくあることなのだ。
「ええ。お部屋も貰ったのよ」
イーリスは得意そうに言う。
「なんだ、ずっと人間でいるのか?精霊なら龍の姿で小型化することも出来るぞ?」
「ジャイルズと同じがいいの!」
「これはまた、随分と気に入ったのだなあ」
賢い龍は、気遣うようにイーリスを見る。精霊や龍は、人間とは比べ物にならない程に長い寿命を持つのだ。あまりにも仲良くなってしまうと、失った時に辛すぎる。
「パロルもジャイルズが大好きでしょう?」
「そうだなあ」
しかし賢い龍の眼には、イーリスの気持ちが友達の好きとは違うように映った。困ったことに、ジャイルズも人と精霊の垣根を超えて惹かれ始めているように見えた。
賢い龍は、半身を失って抜け殻となった人間を見たことがある。精霊がそんな状態になってしまったら?賢い龍パロルも、まだその例を知らない。だが、精霊が濁ることや、力の一部を無理矢理切り離されて暴走することは知っていた。
しかし、人間同士と違って、精霊は状況に応じて離れるということがない。助言したところで無駄だろう。また、人間側が受け入れない時にも注意しないと、精霊が濁る。
人も精霊も心変わりするものだ。そうなった時、イーリスほどの力がある精霊の場合、周囲はどれほど被害を受けるだろうか。
「人と人ならざるものの境は、弁えておくのだぞ?」
賢い龍はイーリスに釘を刺す。
「一緒にいるだけですもの、そんな精霊、いっぱいいるわ」
イーリスは、解っているようで解っていない。パロルの心配が現実になるには、そう時間はかからなかった。
ジャイルズとイーリスは互いに信頼と淡い恋心を持ちながら、日々を過ごしていた。狩もイーリスが手伝う。時に人の姿で、時に虹色の炎を纏う龍の姿で、イーリスは山野を駆け巡る。その溌剌とした姿に、ジャイルズは心を奪われていった。
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