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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第一章 国境の森
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34 家族の想い出

 ジャイルズとイーリスは、よたよたと帰って行った砂漠の精霊たちを気にかける。


「安全に寝てるといいがなあ」

「そうね」

「砂漠の連中、森で寝ても元気になるのか?」

「あんまり力は戻らないでしょうけど、無理して消えちゃうよりはいいわ」

「無事、砂漠に戻れるといいな」

「きっと大丈夫よ」


 ふたりは砂漠の精霊たちを思い出して、少ししんみりとしてしまった。



「もう邪法に捕まらないといいんだが」

「あの魔女はすごく強かったわ」

「俺が龍殺しで有名になっちまったせいで、いろんなのが山に来るからなあ」


 ジャイルズは申しわけなさそうに銀色の眉を下げる。砂漠の魔女も、ジャイルズの噂を聞いて偵察に来たのだ。運悪くその目の前でイーリスが生まれた。


「ジャイルズのせいじゃないわよ!」

「でもなあ」

「人喰い龍を倒した英雄なのに。他の町や村を襲うと思うなんて、酷過ぎる」

「ありがとうな」


 解決にはならなくても、イーリスの言葉でジャイルズは多少救われる思いがした。




 イーリスは、ジャイルズが口を濯ぎ寝支度をするのを見ていた。川から遠いが井戸はあり、水に困らないエステンデルス村である。ジャイルズは水瓶から手桶に水を汲み、小さな布で身体を拭いた。


「人間は大変ね」


 汗と汚れを落とす逞しい背中に、イーリスは気の毒そうに言った。


「精霊は身体が汚れたりしねぇのか」

「そうねぇ、こうやって人の姿で顕現してても、汚れたりはしないのよ」

「精霊って、いろいろ便利なんだな」


 ジャイルズは感心する。ジャイルズに褒められた気がして、イーリスは虹色の髪を揺すってはにかんだ。身支度を終えて振り向いたジャイルズは、その様子を可愛らしいと思った。



 人喰い龍が来た時にジャイルズは、年老いた母親と二人暮らしだった。遅くできたひとりっ子で、父親はそれより前に寿命が来ていた。母も程なく老衰で死んだ。今は、老父母の寝起きしていた小部屋が空いている。


「寝るなら、ここ使いな」

「家族っていいわね」

「え?」


 イーリスは部屋に残っていた、幸せな家族の気配を感じたのだ。イーリスが穏やかに微笑む。


「この部屋には愛の想い出が残っているわ」

「うちの両親は仲良かったからな」

「ご両親だけの気配じゃないわ」


 ジャイルズは不思議そうな顔をする。


「家族みんなの想い出なら、家中にあんだろ?」

「ちょっと違うの」

「違う?」

「あっちの部屋や家の前にあった畑は、ジャイルズの今が強く漂っていて、ご両親との想い出は薄かったのよ」

「そんなもんかなあ」


 ジャイルズはちょっとショックを受ける。


「両親を忘れたわけじゃねぇんだがな」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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