32 精霊龍の恋
名付けと祝福が一通り終わると、精霊達は元いた場所へと帰って行った。森の中には、ジャイルズとイーリスの姿だけが残る。イーリスの見た目は、若い乙女のままだ。
「ジャイルズ、私が砂漠の魔女に捕まって苦しいこと、なんで解ったの?」
「辛そうに見えたんだ。逃げたがってたろ」
「魔女に抵抗出来なかったのに、よく気がついてくれたわね」
イーリスは、淑やかに微笑んだ。ジャイルズの心には虹が立つ。
「本当にありがとう」
「よせよ、照れるだろ」
「まあ。お顔が赤いわ」
「やめろって」
ふたりは視線を合わせて、朗らかに笑った。
イーリスは生まれたての精霊だったが、賢い龍が吐いた炎から賢さを引き継いでいた。彼女は生まれた時から、賢い龍パロルやジャイルズとだいたい同じくらいの歳だと考えても良いほどに智慧と知識を持っていた。
ジャイルズに救出されたため、イーリスは「濁る」ことも力を吸われて消えることも免れた。そんな経緯があったので、初めからイーリスはジャイルズを素敵な人だと思っていた。
「イーリス、どこまで付いてくんだよ?」
ジャイルズは、解放されたイーリスが賢い龍パロルの側で暮らすものだと思っていた。それが、西の山を降り麓の森を抜けて東のエステンデルス平原まで一緒に来てしまったのだ。
「ジャイルズと一緒にいるわ」
イーリスは微笑みながら、波打つ虹色の髪を弾ませる。
「パロルといる方が良くないか?イーリスは山の精霊みたいなもんだろ?」
「一緒にいたいんだもの」
「へーえ、俺、精霊にそんなこと言われたの初めてだな」
ジャイルズは照れ臭そうに視線を外す。
龍の姿の時の赤をうっすら残すイーリスの肌は、健康的な若い娘そのものだった。ジャイルズが見慣れた農民の娘たちよりは、華奢な体である。しかし山道をゆく様子は、龍の持つ生命力ではちきれんばかり。
エステンデルス村に戻ると、国境の森で精霊が大騒ぎしたことなど誰も知らなかった。
「お帰り龍殺し!なんだ今日は手ぶらか」
「珍しいな。手ぶらか」
「仕方ねぇ、貯蔵庫行くか」
「お肉ないのー?今日魚釣りに行かなかったんだけど」
「ええっ!手ぶらなの」
「はあ、おかずは貯蔵庫から貰うしかないね」
わっと集まってきた村民たちは、肉を諦めて散って行った。エステンデルス村の生き残りには、精霊が見える人がいなかったので、イーリスは当然無視された。
「何、あの人たち!」
イーリスが美しい声で憤ると、ジャイルズは苦笑いを漏らす。
「狩はすっかりジャイルズ頼りだが、怠けてるわけじゃないですよ」
兵士の生き残りの中に、1人だけ精霊が見える人がいた。
「それで、精霊様、この村に何か御用でしょうか」
「住むの」
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続きます




