309 戴冠
貴賓席には、オルデンがシャキアと並んで座っていた。サルマンも窮屈そうに座っている。少しだけお姉さんになったヴァレリアもいる。魔法鍛冶の親爺もソワソワと落ち着きなく座っていた。手に乗せた小さな箱には、火口箱の精霊がチョンと乗っていた。
精霊たちは、玉座の間狭しと飛び回っている。カワナミもウロウロと遊び回っていた。ヴァレリアの持参した枝は、命の木からひと枝もらってきたのだ。葉っぱの陰にはウィタがいる。
隠れ里の代表として、年配の女性が来ていた。ルフルーヴの精霊たちの多くは土地を離れることが叶わず、川の精霊だけが空中に漂っていた。エステンデルスからは、バリーとコンラッドが駆けつけた。
海の精霊や、アルムヒートから来た砂漠の精霊たちもいる。バンサイはどこにいるやら分からず、連絡が取れなかった。ハッサンの妹ヤラは船も風に乗る感覚も馴染めず、こちらに来てはくれなかった。パリサはハッサンに関わる場を避けていた。まだ思い出すのが辛いそうだ。彼女もまた、欠席である。
玉座の間には、細長い水盤がある。周りは階段が囲んでいた。宝石の花を縫って、金銀の魚が悠然と泳ぐ。ケニスとカーラが初めて口付けをした、あの水盤を再現したのだ。
水に半身を浸した水龍が、オアシスの精霊と仲悪そうに並んでいた。玉座の両脇にあるのは、魔法の炎が明るく燃える異国のカンテラだ。ケニスの提案が通り、シャキアに依頼した逸品である。炎の中からは、カガリビとアルラハブが相変わらず中良さそうに覗いていた。
広間にひしめく人々の間を厳かに進むのは、緑の髪の偉丈夫だ。がっしりと安定感のある見事な体躯は、居並ぶ婦人がたのため息を誘う。
精霊が待ちきれずに寄ってきて、我先に祝福を与えた。ケニスの額からは、澄んだ赤い光が溢れ出た。歌い出す精霊もいた。生き残りの楽師が指導した王宮楽団は、いまや立派な祝祭演奏をこなすまでに成長していた。
高い回廊には円窓が並ぶ。逆さまの宮殿への想いが表現されているのだ。爽やかに注ぐ初夏の陽射しに彩られ、ケニスは静かに膝をつく。精霊たちが王冠を持ってきた。精霊と魔法鍛冶屋の総力を注いで作られた冠である。
森の翠と海の青が、シンプルな円環に刻まれた線を染めている。その上には金属と宝石で作られた華麗な花冠が載っていた。これは、王妃の冠と同じデザインだった。カーラはケニスの戴冠に続いて、婚姻宣言後すぐ戴冠をする予定になっている。
精霊大陸の慣例では、結婚式と戴冠式は別に行う。だが、新たな門出という意味を込めて、ケニスと家臣団は、あえて全てをまとめて行うことにしたのだ。
カーラと出会ったバイカモが咲く季節、ケニスは遂に王となる。喜びの声に包まれて、ケニスは入り口の扉を顧みた。再びその扉が開けば、愛しいカーラがやってくる手筈だ。今は危険もないので、ランタンはカーラが自分で提げてくるだろう。
ケニスは緑色で縁取った虹色のマントを肩にかけて、扉を見つめる。同じ服装のカーラがどんなにか美しいことだろうと思うと、目元も口元も緩んでしまう。
お読みくださりありがとうございます
続きます




