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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
307/311

307 新しい王国

 ギィの城は消えてなくなった。邪法使いもほとんど滅びた。砂漠の村から知らせがあって、魔女の残党はエステンデルス精霊の友騎士団に降伏したと知った。


 だが、ノルデネリエの国民は残っている。ある意味無傷で残った貧民街と、放牧民が暮らす雪原は良い。だが、城や城下町から逃げ出した普通の人々は、着の身着のままで住む場所もない。身内に邪法使いがいたものは、家族を失った悲しみと恨みをケニスたちに向けていた。


「理不尽よ」


 カーラは火の粉を飛ばして憤慨する。氷の煙が晴れて夜が明けると、精霊たちが国民の不満を知らせてきたのだ。


「分からないでもないけどねぇ」


 ケニスは疲れたように眉を下げる。いかつく成長したケニスの眉はフサフサと太いが、オルデンや精霊たちに愛されて育ったお人好しの本質は変わらない。


「まあ、仕方ないよね」


 精霊の部分も残っているので、憐憫や罪悪感には呑まれないのだが。



「でもまあ、このままほっとくわけにもいかないよな」


 それはわかっていたことだ。覚悟を決めて、自分の国としてギィに挑んだのである。


「お城の人たちに会ってみるよ」


 生き残った人間たちや精霊たちの中には、賢く生き抜いて邪法には染まらなかった者もいる。精霊たちの情報によれば、国政に明るく外国の情勢にも通じているらしい。


「ははっ、ギィよりよっぽど怖いかもなぁ」

「ケニーを虐めたらただじゃおかないわ」

「カーラ、燃やしちゃダメだよ?」

「しないわよッ!ギィじゃあるまいし」



 したたかな家臣たちは、雪原に幕屋を設けていた。精霊の力で瞬く間に櫓を作り、生き延びた人民を呼び集めた。


「ケニス殿下、どうか、再生の音頭を」

「城の落成後、改めて戴冠の儀を行うにせよ、まずはノルデネリエが健在である、と人民を安心させてくださいませ」

「城の再建には数年かかると思われますが、再生宣言を、どうか」


 家臣たちにやいのやいの言われて、ケニスは気圧され気味だった。


「あんたたち、うるさいわね。ケニーを困らせないでよ」

「カーラ、この人たちも悪気はないんだよ。邪法に苦しんだのはみんな一緒なんだし」

「殿下!なんとお優しい」

「ケニス殿下、ああ、ご即位が待たれます!」


 口先だけなのか、ギィやルイズに辟易していたからなのか、家臣団は口々に感嘆の言葉を述べた。ケニスは褒められすぎて苦笑いである。


「でもさ、ノルデネリエってギィの国だよね」

「うっ、それは」

「今はケニス殿下のお国ですぞ?」

「ねえ、国の名前を変えちゃダメかな?」


 ケニスの提案に、家臣団は顔を見合わせた。


「それはいい」

「うむ、素晴らしい」

「気持ちを新たにできまするな」


 老獪な元外務大臣も、年若く頭の柔らかい元畜産大臣も、壮年の武器庫管理人も、両手(もろて)を挙げて賛成した。武器庫の管理人は精霊が見えるとはいえ力が弱かった。それでギィから見逃されていたために、貧民街とのパイプ役を密かに努めてきた人である。


「じゃあさ、うーん、そうだなあ」


 ケニスは、精霊に名前をつけた時のように気楽な気持ちで考えた。


イーリスの炎(フレグマイーロス)


 カーラはポッと頬を赤らめた。イーリスの炎とは、カーラのことだ。


「イーリスの子どもたちの国だからね」


 ケニスは柔らかく微笑むと、カーラに蕩ける笑顔を向けた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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