306 雪原の落日
ランタンに炎を掠めたギィは勢いを得て、浄化の霊薬を浴びながらも猛攻を仕掛けた。だがケニスは怯まない。ギィの見た目は確かにヴァレリアより幼い少女だが、肌は紫色に染まり、眼は蒼黒い炎を漏らす。顔立ちそのものが既に邪悪で、最早人ではないのだ。
「ははっ、なんだよ。俺の子孫のくせに」
ギィはケニスと刃を打ち合わせながら、ギョロリと目を剥く。声はルイズではなくてギィのものである。
「それがどうした?」
ケニスは厳しく声を尖らせる。パッと離れた次の瞬間、ルイズの額にある古代精霊文字目掛けて剣を走らせた。幸運の光が白く溢れる。
「届かないよ」
ギィは自信たっぷりに嘲笑う。
「そうかしらねえ」
カーラがふふんと鼻を膨らます。
その瞬間を狙い澄ましたように、カワナミの水が霊薬を、竜が吐いたほどに豪速な水鉄砲として放つ。竜巻状に回転しながら薬がギィに向かって行った。ギィが咄嗟に薬を防ごうとした。ケニスは違わず文字を削ぎ落とす。
「ぐあぁ!」
ギィはルイズの額を抑えて怒りの咆哮を上げた。
「ケニー、ルイズの魂は」
「うん、もうとっくに砕けてる」
緊張した面持ちでヴォーラを構えたケニスは、ギィの身体から炎が上がっては消える様子を見ていた。ギィはケニスに向かって邪法を放とうとしている。ケニスなら、ギィの強大な力にも耐える器だからだ。かつて拒絶し、自ら額の文字を消したケニスである。ギィは、復讐心もあってケニスを狙っていた。
「ぐっ」
身を捩るルイズの肉体から、炎となったギィが抜け出した。生前の呪いで生かされていたルイズの肉体が呼吸を止める。魔力の供給が途絶えた簒奪者ルイズの肉体は、降り注ぐ浄化の霊薬に溶かされてゆく。
「しぶといガキめ」
「しぶといのはどっちよ」
飽き飽きしたとばかりに、カーラがため息をついた。ギィはケニスを襲おうとしているのだが、絶え間なく降る霊薬のせいで動けない。
「忌々しい水めぇー!」
「アハハハッ!残念でしたー」
カワナミは水の仲間を呼び集め、ウィタは命の木から葉を送る。オルデンは銀の酒壺から尽きない神酒を注ぎ込む。アルラハブとカガリビは、オルデンと一緒にせっせと火を焚き薬を煮だす。
休みなく働く精霊と人は、弱まる邪炎に油断せず薬をふりかけた。ケニスも気を抜かずに、ヴォーラを通して幸運を増幅していた。
「グオオオー!」
断末魔の叫びが雪原の空を引き裂く。陽はすっかり傾いて、真っ白な地平線には血のような落日の光が広がっていった。
「終わったな」
オルデンがケニスの肩を叩く。
「うん」
ケニスはヴォーラを鞘に納める。
「ふーっ」
カーラは表情を緩めて少女の姿に還った。
「眠いからまたねー!」
「俺も疲れたな」
「俺も帰るぞ」
カワナミ、アルラハブ、カガリビたちも力を使い過ぎたのか、すっかり疲れて虚空に消えた。
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