305 剣戟
逆さまの宮殿にある宝物殿から、得難い宝の酒が届けられた。それは気持ちの上でも救けになることだ。だが、水龍がくれた御神酒は、景気づけだけでもなければ、祝い酒にとっておくものでもなかったのである。
ウィタの葉を煎じた薬が、このノルデネリエ上空で再び煮立っている。魔女の心臓を溶かして消した霊薬である。そこへ、新しい力が加わったのだ。効果は更に増している。
「それそれー!ほらほらー!」
カワナミの水が煎じ薬となってギィの方へと飛んでゆく。
「ぎゃあっ!なんだこれは!」
ギィが慌てて精霊を掴み壁を作った。
「ケニー、乗って!」
ギィから引き剥がしてかき集めた精霊をオルデンへと投げると、カーラはケニスに向かって叫んだ。
「カーラ、頼むよ!」
ケニスは燃え盛るカーラの背中に飛び乗る。ヴォーラはしっかりと身体に引きつけ、ギィに狙いを定めていた。
ルイズの身体からは、ギィの炎が燃え上がったり消えたりと忙しい。赤黒く噴き出す邪炎を、煎じ薬が消してしまう。炎だけではなく、邪法の力まで弱めるのだ。
それは、砂漠の少女ヴァレリアに教わった霊薬である。ウィタとカワナミと水龍の神酒と、そしてオルデン、カガリビ、アルラハブが力を合わせて作り上げた薬である。ケニスがヴォーラを使って、ギィ自らの悪運を吸い取り味方の幸運へと変えて練り込んだ水薬だ。
「生意気なぁっ!」
ギィは、ルイズの身の丈に余る氷の剣を作り出す。ケニスはカーラに乗って真正面から飛び込んだ。ケニスの袖が風圧で捲れて、ぐっと盛り上がる腕の筋肉があらわになった。氷河はいまだに崩壊を続け、氷の欠片が頬を掠める。
ギィの城さえ倒壊させた魔法が宿る氷だ。ケニスやギィの防壁ですら突き抜けてくる。
「ケニー!」
「擦り傷だ!」
今や豪傑の貫禄をみせ、余裕の笑みでケニスは刃を振るう。前へと押し出すように剣を振ると、ギィの氷剣の切先を跳ね除けた。
「おのれ」
ギィは、少女の細腕が繰り出すとは思えない速さで氷剣を繰り出す。数回連続で放たれた突きがすべていなされると、飛び下がって蒼黒い炎を全身に纏った。
「逃すか!」
カーラは体を傾けて大きく羽ばたき、旋回して鋭角にギィへと滑る。煎じ薬は雨のように降り注ぎ、邪法を削りケニスたちを癒す。
「逃げる?この俺が?」
ギィは不気味な嗤いで顔を歪めると、上半身を倒してカーラの背中へ突進する。剣を立てて襲撃を押し返したケニスの腰に、ギィは氷剣を振り抜いた。
「カーラ!退くよ!」
咄嗟に下へと逃れたカーラだったが、ランタンが反動でふわりと浮く。蒼黒い炎の舌は、無防備に晒されたランタンの底を掠めた。
「あっ」
ピシリと嫌な音がする。カーラが微かに顔を顰めた。
「カーラ!」
「気にしないで!」
「無理はやめてよ?」
「分かってるわよ」
動じていないカーラの声に安心して、ケニスは剣を構え直した。
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