303 幸運と命
ケニスは未だ動きを見せないギィと、崩れて流れる膨大な量の氷を鋭い目つきで眺めた。
「幸運か。そうだねぇ。ヴォーラは幸運の力で龍だって滅ぼしたんだよな」
「そうよ。うまく使いなさいよ。ケニーならできるわよ」
励ますというよりは、当然のことのようにカーラは言った。ケニスの心が軽くなる。こんな状況ではあるが、ケニスはふっと口元を緩めた。
「うん。やってみる。カーラありがとう」
ケニスは、虹色にゆらめくカーラの翼にサッと口付けて、一度目を閉じる。集中しなおしたケニスは、剣を握る手に力を込めた。すると、ヴォーラの剣身があたかも白い炎であるかのように燃え上がる。邪法使いの悪運はヴォーラに喰われ、善意の人と改心の見込みがある魔法使いたちに幸運を与えた。
善良な民が苦しむ貧民街は、城から最も遠いところにあった。氷河に押し流されたのは城下町でも邪法使いに割り当てられた区域だけ。龍殺しジャイルズが子孫に遺した幸運の力は、確かにケニスの中に息づいていた。
「ギィは何してるのかしら」
「城なんか一瞬で建て直せるから、元に戻そうとしているんじゃなさそうだし、人民を守っている筈もないし」
ギィのいる部屋だけが、空中にぽっかりと浮かんでいる。窓の中で、ギィがニィッと笑った。姿は8歳の女王である。絹と宝石で飾られた豪華なドレスを来た女の子だ。だがその顔には、幼さどころか人間らしさも見受けられない。
邪悪な魔力が突如膨れ上がって、氷の欠片が部屋の周りに集まって来る。わざと時間をかけて楽しんでいたのだ。崩れ去る城にも滅びゆく城下町にも、ギィには微塵も興味がないようだった。必死で精霊を救け、大自然の力まで頼りギィに挑むケニスを、悠然と見学していたのである。
「きゃあっ」
カーラの炎がギィの方へと流れ出す。ランタンがケニスの腰でガチャガチャとやかましい音を立てた。
「カーラ、危なそうならオルデンのいる方に逃げるんだ!」
「まだ平気よ!」
ギィに引き寄せられてゆく氷と風の精霊たちを、カーラは懸命に取り戻そうとしている。
「ケニー!カーラッ」
「アハハハ!すっげー真っ白だねぇっ!」
普通の人なら目を開けていられないほどに、氷と雪が空気中を埋め尽くしている。聞こえて来たのは、頼もしい声だ。
「デン!カワナミも?」
「遅いわよ」
カワナミはぐるりとケニスたちの周りに渦を作った。カワナミの水には、ウィタの葉が小魚の群れのように走っている。
「命の木から葉っぱを持って来たの?」
「へっ!水の流れはいろんなものを運ぶんだよ!」
カーラに答える得意そうなカワナミの笑い声を聞きながら、オルデンは空中に炎を放つ。
「カーラも火を貸してくれるか?」
龍の姿をしたカーラは、傲慢にすら見える笑みを浮かべた。
「いいわよ。貸してあげるわ!」
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