302 幸運に賭ける
ルイズの姿をしたギィは、憎しみを激らせながらも城の中に留まっていた。外に浮かぶケニスと明らかに眼が合った。だが、睨むばかりで攻撃はしてこない。それが却って不気味ではある。
「邪法と関係がない人たちを、安全なところまで運んでくれる精霊はいる?」
「逃げるついでに連れてってやるか」
ケニスの呼びかけに精霊たちが応えた。
「ありがとう、頼んだ」
「おう」
「任せな」
「なに、ほんのついでだよ」
ケニスは、魂まで邪法に浸かった者以外が逃げられるように幸運の力で手伝う。風や氷の塊に乗って、人々は城から飛び出して来た。元より邪法使いに忠誠心などない。虐げられた人々にも、城やギィを守る謂れはなかった。結果的に全員が逃げだそうとしているのだ。
堅牢な魔法の岩があちこちでバリバリと悲鳴を上げている。魔法の防壁は全く修復が追いつかず、飛び込む氷塊が壁に穴を開け、窓を拡げる。氷壁側の壁を破った氷河は、反対側の柱を折り天井を破壊して麓の街へと降り注ぐ。
「おい、俺たちも逃げねぇと」
「そうね、サルマンは自分で身を守れないから、避難したほうがいいわ」
「カーラとケニーはどうすんだよ」
「捕まってる精霊はまだいるのよ」
「ギィが動かないのも気になる」
ケニスはヴォーラを構えて警戒を解かない。ギィはまだ同じところにいた。窓から氷が流れ込んでいる。だが、城の他の部分とは違って、ギィのいる部屋は崩れなかった。
「確かに不気味だな」
邪法使いたちも逃げるのに忙しく、もうケニスたちを攻撃して来ない。道具もあらかた壊れてしまい、あとはカーラだけでも対処できそうだ。
「サルマン、もう行って!」
「ほんとに助かったよ。もう充分だ」
城は崩れて白い奔流に呑まれた。逃げ惑う人々が雪煙に襲われる。氷と岩と、道すがら引きちぎられた木々や金属が多くの命を奪ってゆく。
「やりすぎたかな」
ケニスの人間部分が怖気付いた。
「いいんじゃないの。いい気味よ」
カーラは精霊なので、興味がないことには冷たかった。だがケニスは、完全に割り切ることが出来ない。
「甘いこと言ってると、足元掬われるわよ」
カーラは、双子の弟を見限ったシルヴァインの英断と、親友を信じて油断してしまったハッサンの最期を語る。
「そうだね。でもこれじゃあ何もかも押し流しちゃうよ」
「ふん。さっぱりするじゃないの」
「向こうは血も涙もない奴等だけど、あいつらに虐げられた人たちの生活まで奪うわけにはいかないよ」
「そこらへんはあれよ。ヴォーラの幸運が何とかするでしょ」
カーラの言葉は無責任にも聞こえる。だが、そこにはケニスとヴォーラがここまで旅して来たことへの信頼が込められていた。
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続きます




