301 大自然
ケニスはヴォーラを構えて氷河のほうを向く。一面に氷が見える動きが少ない流れは、途中で大きく曲がっていた。源を求めて眼で追えば、城の上方に切り立つ氷壁に続いていた。
ヴォーラの切先が、静かに氷河を遡る。白い光はじわじわと広がる。波打つ様子は、まるで新しいスカートを見せびらかす幼女の揺らす襞のようだ。
正面に捉えたノルデネリエ城の背後、氷壁の上に狙いを定めるとケニスは大きく息を吸う。僅かに後足へと体重をかけ、弾みをつけてヴォーラを振り下ろした。
呼気と共に虹色の眼が鋭く光る。手首が滑らかに返り、下に向いたヴォーラの剣先は腹の横まで戻される。剣身を寝かせると、ケニスは横一文字に空を切る。
白い光は刃となって、氷河の始まりを切り裂いた。ギシギシと不穏な音が空気を満たす。やがて耳を聾する倒壊の響きと共に、氷の塊が次々と崩れて下流へと向かう。
荷馬車ほどもある巨大な氷塊が、流れを逸れて氷壁から降って来た。それが呼び水になったのか、氷河は急に行き先を変え、城を目掛けて速度を上げる。氷壁を背負ったノルデネリエの城は、くりぬき窓から雪崩れ込む氷の塊に右往左往していた。
城の防壁は、氷河から降って来る氷の塊に破られているのだ。どうやらただの氷ではなさそうだ。
「長年たくさんの魔法に晒されていたからねえ」
カーラは崩れて降って来る氷塊を眺めて言った。轟音は魔法で遮断している。
「予想外の効果が出てきちゃったのかしら」
「ウィタが生まれた灌木みたいに?」
「そうね。ウィタもそうだったわね」
どう破るか決めあぐねていた、堅牢な城である。魔法の防壁も抜かりなく、邪法使いによる見廻りもある。そこで目をつけたのが氷河だ。氷河の決壊でどう出るか。ケニスは様子を見るつもりもあって仕掛けたのだ。
「ケニー、あそこだ」
サルマンが顎で指す方向は、城のうちでも高い場所である。分厚い岩を組んだ壁をくり抜いた縦長の窓から、火傷をした童女の顔が見えた。ちらちらと体内から漏れる炎を見れば、簒奪者ルイズを乗っ取ったギィとみて間違いはないだろう。
「眼が合った」
ケニスは眉を寄せた。
「ふん、怖くないわ」
「カーラ、気を緩めるなよ?」
「分かってるわよ。ケニーは集中してて」
氷の塊は大小様々な大きさになって、きりもなく城を襲う。
「見てよ。お城が崩れてるわ」
「弾みで壊れる道具もあるね」
流れには、ヴォーラによって幸運の力が加わっている。逃げ惑う城の住人が転んで、精霊を捕える道具が幾つも壊れた。カーラはすかさず解放された精霊たちを呼び集めて、オルデンのいる方角へと送る。
「賢く生き延びた反精霊派は救けたいな」
壁に穴を開け始めた氷を見ながらケニスが言った。
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