3 川底の遺跡
月の無い真夏の夜に国境の森で捨てられた赤ん坊は、泥棒オルデンに拾われてケニスと名付けられた。オルデンを慕う精霊たちの手助けによって、ケニスはすくすくと育っていった。
「デン!見てみてー」
「あん?」
ある晴れた夏の日、5歳になったケニスが川辺でオルデンを呼ぶ。見れば、ケニスは葉っぱのような緑の巻き毛をそよそよさせながら手を振っている。倒木に腰掛けてナイフを研いでいたオルデンは、腰を上げると川辺に降りていった。
「デーン!あれなにー?」
ケニスの指差す先は川底だ。何だろうと思ってオルデンは流れの速い沢水を覗き込む。
「んんっ?」
オルデンは飛沫をあげて白く泡立つ沢の水の向こうに眼を凝らす。
「デン、あれ何だろうねぇー!」
近づいたオルデンの破れた袖をツンツンと引っ張りながら、ケニスはしきりに訊いてくる。
「何だありゃ」
「デンも知らねぇのっ?凄いねえ、何だろ」
オルデンが川底を凝視する。沢の水が岩に砕けて跳ねた雫から、水の精霊川波が飛び出した。
「オルデン!行かないの?」
「はっ?何処へ?」
「川底の遺跡だよ!」
「川底の遺跡?そこに見えてるやつか?」
「なにそれー?行きてぇ!」
カワナミの言葉にケニスが騒ぎ出す。虹色の瞳が爛々と光っている。
「うっわ、眼ぇキラキラさせてんなあ」
オルデンは苦笑いしてケニスを抱き上げた。相変わらずボロを着て頭は綺麗に剃っている。太陽がツルツル頭に反射する。森暮らしらしくがっちりとした腕は安定感があり、ケニスを危なげなく運ぶ。
「カワナミ、遺跡ってやつにはどうやって行くんだ?」
「えー、オルデン知らないんだぁ」
ケニスを抱えて、オルデンは川の上に浮かぶカワナミのところまで行った。カワナミは今日もゲラゲラ笑っている。
「何笑ってんだよ。面白くねぇよ」
「ねえ、早く行こうぜえ」
「ついておいでよ!」
カワナミは透明な子供の姿で沢の流れの中心部へと誘う。
「おうっ!」
ケニスはオルデンの腕からするりと抜け出す。そのままカワナミを追って、岩も多く速い流れの沢にずんずん入ってゆく。魔法を使っているので溺れる心配はない。オルデンもそれを知っているので安心して水に入らせる。
オルデン自身も魔法を使って2人の後に続く。魔法は運動のようなものだ。オルデンやケニスのように何も教わらなくても自在に使える人もいる。習って覚える人もいる。習ってもうまく使えない人もいる。
川底に見える崩れた壁や折れた柱は、水底でぐにゃぐにゃと踊る。オルデンはもう長いことこの国境の森深くに住んでいる。しかしこの遺跡については、今日まで一度も聞いたことがない。見たこともなかった。
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