298 先へ
斥候の囁きに団長が囁き返す。
「近いのか?」
「半刻というところでしょうか」
魚が身を翻す紋章をつけた団長は、軽く頷くとケニスたちを見た。目が合うと黙礼し、蹄を進めて近付いた。
「ケニス殿ご一行様ですな?」
「はい。俺がケニスです」
「森はお任せを。先へとお進み下さい。ご武運を」
ハキハキと答えるケニスに満足そうな視線を送り、団長は簡単な言葉を残して馬の首を巡らせる。ヒヒーンと一声高く嘶く馬は方向を変え、再び騎士団の先頭に立つ。
「では、また」
「くれぐれも油断召さるな」
バリーとコンラッドも別れを告げて、移動する集団についてゆく。
「ありがとう」
「油断なんかしないわ」
「そちらもな」
三人三様の返答をして、ケニスたちは先を急いだ。確かな足取りで木々を擦り抜ける騎士団を、一行は風に乗って軽々と追い越した。サルマンも靴や服が風で運ばれる感覚にすっかり慣れて、慌てず周囲に気を配ることまで出来るようになっていた。
「こんな近くを通っても気付かれないんだな」
迂回することなく邪法使いの集団の真上を飛び越える時、サルマンは感嘆の溜息を吐いた。
「俺たちは3人しかいないし、オルデンが追いつくまでは誰を見つけても用心してやりすごそう」
「精霊は私たちの味方よ」
「精霊の力なのか?俺には効かないはずだが。もしかして俺だけ、顔が見えたり声が漏れたりしてんのか?」
サルマンが声を落とす。しかしケニスは朗らかに笑った。
「景色に紛れて音も匂いも光や風で誤魔化すんだ。サルマンじゃなくて、サルマンの周りにある景色とか匂いとか音とかに魔法が効いてるのさ」
魔法と精霊、そしてオルデンに仕込まれた盗人の技を巧みに組み合わせているのだ。声や生き物としてどうしても出る匂いも、その身体を離れた瞬間に「周りあるもの」となる。だから、魔法や精霊の力が及ぶようになるのだ。
ケニスがそのことに気づいいたのは、実は今しがたなのだ。オルデン流のものは試し、というやつである。
「ケニー、思いつきでやったんでしょ」
カーラはお見通しだった。
「確信はあったよ?」
「失敗してもあの程度の連中なら問題ないな」
「サルマンが気を緩めるなんて」
カーラは、いつになく強気なサルマンに眉を顰めた。
「何言うのさ、カーラ」
ケニスは梢遥かに翔け昇り、遠くに霞む氷河の城を見据えてニヤリとする。
「そのサルマンだからこそだろ?サルマンは軽はずみなことは言わないぜ」
「それもそうかしらね?」
カーラは軽くへの字に曲げて口を閉じる。サルマンはフッとひとつ笑みを溢して、もう何も言わなかった。
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