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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
294/311

294 最後の休息

 ケニスはヴァレリアから煮立った薬を受け取って、魔女の灰にかけた。最初は慎重に水差しを傾けてチョロリとかける。


「ギャアアアアー!」


 黒焦げになり崩れて白い灰となった心臓は、薬湯がかかると耳をつんざく叫び声をあげた。オルデンは咄嗟に皆の耳を魔法で守る。灰に吸い込まれそうになった精霊たちを、ケニスが必死で吹き飛ばす。精霊たちは突風と魔女の叫びに同じくらい驚いて、森の奥へと逃げてゆく。


 効果が現れたと見たケニスは、残りの薬湯を満遍なく心臓の灰へとかける。皆は固唾を呑んで見守っていた。


 最後の一滴まで薬を注ぐと、灰が白く光る。虹色の火の粉がチラチラと点滅する。叫び声が千切れたように不快な音となる。次第に声が弱まり、やがてふっつりと途絶えた。ケニスの前に浮かんでいた心臓の燃え滓は、跡形もなく消え去っていた。



 ヴァレリアが眠そうに目を擦った。安心して疲れたのだろう。10歳の子供には盛りだくさんすぎる半日だった。陽は傾いて、森の木々は影を伸ばし始めている。


「洞窟で休むか」

「そうだね、デン」

「今日は洞窟に泊まる?」

「それがいいだろう」

「私は失礼するよ」


 ウィタは自分の葉があるところなら渡って行かれるようだ。カサリと全身の葉をゆすると、次の瞬間には見えなくなっていた。



 洞窟の床に柔らかな空気のベッドを作り、オルデンはヴァレリアを下ろした。薬草の精霊を筆頭に、森の精霊たちがオルデンを治療しに駆けつける。カワナミも飛び込んできた。


「アハハ!オルデン、油断したねぇ!」

「笑いやがって。それよりカワナミ、ギィがどうなってるか分かるか?」

「うーん、あんまり変わってないよ?」

「俺たちは一晩休んだら、出かけようか」


 ケニスは、サルマンとカーラに顔を向けて提案した。


「ノルデネリエに行くのか」

「いよいよ終わるのね」

「終わらせよう」


 ケニスは決意を胸に頷いた。



「一晩じゃ無理だが、城に着くまでには治して追いつくぜ」


 オルデンは自信たっぷりに請け負った。


「ヴァレリアは精霊たちに頼めるよな?」

「いいよー」

「明日、砂漠まで送るね」

「村まで送るよ!」

「もう魔女はいないしねぇ」


 精霊たちがヴァレリアを家まで送ってくれることになった。



「カーラのランタン、ケニーが持ってな」


 オルデンは動かない脚を伸ばして、空気の塊に寄りかかる。腰から藍色のランタンを外すと、虹色の炎が嬉しそうに瞬く。ランタンがケニスの手に渡ると、カーラが頬を染めた。


「ケニーは、精霊の部分を完全に抑えられるようになったからな」


 ギィの邪法に縛られてランタンを奪われる心配がない、とオルデンは判断したのである。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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