294 最後の休息
ケニスはヴァレリアから煮立った薬を受け取って、魔女の灰にかけた。最初は慎重に水差しを傾けてチョロリとかける。
「ギャアアアアー!」
黒焦げになり崩れて白い灰となった心臓は、薬湯がかかると耳をつんざく叫び声をあげた。オルデンは咄嗟に皆の耳を魔法で守る。灰に吸い込まれそうになった精霊たちを、ケニスが必死で吹き飛ばす。精霊たちは突風と魔女の叫びに同じくらい驚いて、森の奥へと逃げてゆく。
効果が現れたと見たケニスは、残りの薬湯を満遍なく心臓の灰へとかける。皆は固唾を呑んで見守っていた。
最後の一滴まで薬を注ぐと、灰が白く光る。虹色の火の粉がチラチラと点滅する。叫び声が千切れたように不快な音となる。次第に声が弱まり、やがてふっつりと途絶えた。ケニスの前に浮かんでいた心臓の燃え滓は、跡形もなく消え去っていた。
ヴァレリアが眠そうに目を擦った。安心して疲れたのだろう。10歳の子供には盛りだくさんすぎる半日だった。陽は傾いて、森の木々は影を伸ばし始めている。
「洞窟で休むか」
「そうだね、デン」
「今日は洞窟に泊まる?」
「それがいいだろう」
「私は失礼するよ」
ウィタは自分の葉があるところなら渡って行かれるようだ。カサリと全身の葉をゆすると、次の瞬間には見えなくなっていた。
洞窟の床に柔らかな空気のベッドを作り、オルデンはヴァレリアを下ろした。薬草の精霊を筆頭に、森の精霊たちがオルデンを治療しに駆けつける。カワナミも飛び込んできた。
「アハハ!オルデン、油断したねぇ!」
「笑いやがって。それよりカワナミ、ギィがどうなってるか分かるか?」
「うーん、あんまり変わってないよ?」
「俺たちは一晩休んだら、出かけようか」
ケニスは、サルマンとカーラに顔を向けて提案した。
「ノルデネリエに行くのか」
「いよいよ終わるのね」
「終わらせよう」
ケニスは決意を胸に頷いた。
「一晩じゃ無理だが、城に着くまでには治して追いつくぜ」
オルデンは自信たっぷりに請け負った。
「ヴァレリアは精霊たちに頼めるよな?」
「いいよー」
「明日、砂漠まで送るね」
「村まで送るよ!」
「もう魔女はいないしねぇ」
精霊たちがヴァレリアを家まで送ってくれることになった。
「カーラのランタン、ケニーが持ってな」
オルデンは動かない脚を伸ばして、空気の塊に寄りかかる。腰から藍色のランタンを外すと、虹色の炎が嬉しそうに瞬く。ランタンがケニスの手に渡ると、カーラが頬を染めた。
「ケニーは、精霊の部分を完全に抑えられるようになったからな」
ギィの邪法に縛られてランタンを奪われる心配がない、とオルデンは判断したのである。
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