293 煎じ薬
ケニスのポケットから顔を出したウィタは、つぶらな瞳で皆を見回す。そして口のない葉っぱの塊から、ゆっくりとした口調で葉の使い方を示唆してきた。
「これをヴァレリアの汲んだ水に浸して、イーリスの炎で煮出してごらん」
「何に使うの?」
「魔女の心臓から力を消せるかも知れない」
「分かってたなら早く言いなさいよ」
カーラが不機嫌になって、虹色の巻毛には火花が散った。以前よりは穏やかだが、やはり完全なコントロールは無理なようである。
「いや、知らなかったよ。私も、幸運を浴びた水も、カーラが引き継いだイーリスの炎も、魔女の力を跳ね除けたじゃないか。合わせればきっと、心臓の燃え殻だってすっかり綺麗になるに違いないよ」
ゆったりと述べるウィタを、ケニスたちは信頼しても良いように感じた。4人は顔を見合わせ、目線で頷きあった。
「やってみようか」
「やってみる価値はありそうよ、ケニー」
「試してみろよ」
「何をするんだ?」
サルマンは精霊の話を聞けないので、オルデンから説明を受ける。
「なるほど。効くかも知れねぇな」
皆が納得するとウィタは体をゆすって、ケニスの手の中に灌木の葉を落とした。
「ヴァレリア、頼める?」
ケニスは、ウィタの灌木からむしってきた葉っぱを差し出す。
「こんなに燃えそうな場所で火を焚くの?」
ヴァレリアは砂漠の村に住んでいるのだ。森で火を焚く人たちの気がしれないと思ったのである。
「魔法の火だからね。燃やしたい物だけを燃やせるよ」
「ほんとに?」
ヴァレリアは疑わしそうにケニスを見上げる。
「ほんとよ。早くその水瓶を貸してよ」
「薬草を煮出すのにはコツがあんのよ」
童女は専門家の顔を見せる。
「私に葉っぱをちょうだい」
ケニスは童女の堂々とした態度に半ば気圧されて、灌木の葉を渡す。ケニスの大きな掌に載った細かい葉は、まだ白と虹色の渦巻く光を纏っていた。
「水を沸かせる?」
「できるよ」
ケニスは空中に小さな火を起こす。
「便利ねぇ。これならどこでも薬を煎じられるじゃない。私も覚えようかしら」
ヴァレリアは上機嫌になって、幸運を含む水を火にかけた。しばらくすると、水はシュウっと音をたてて細かい泡が立ち始める。ぽこぽこと泡が大きくなると、ヴァレリアは片手いっぱいに握っていた灌木の葉を湯に入れた。
「きれいねぇ」
湯に銀緑の色がさあっと広がった。幸運の白い光が柔らかく水面を覆い、虹色の湯気が立ち昇る。
「なんだか幸せな気分になるなあ」
サルマンは、薬草を煮る香りを胸いっぱいに吸い込んだ。オルデンも穏やかに微笑んでいる。森から吹く風には、緑と土の匂いが優しく乗せられていた。
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