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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
293/311

293 煎じ薬

 ケニスのポケットから顔を出したウィタは、つぶらな瞳で皆を見回す。そして口のない葉っぱの塊から、ゆっくりとした口調で葉の使い方を示唆してきた。


「これをヴァレリアの汲んだ水に浸して、イーリスの炎で煮出してごらん」

「何に使うの?」

「魔女の心臓から力を消せるかも知れない」

「分かってたなら早く言いなさいよ」


 カーラが不機嫌になって、虹色の巻毛には火花が散った。以前よりは穏やかだが、やはり完全なコントロールは無理なようである。


「いや、知らなかったよ。私も、幸運を浴びた水も、カーラが引き継いだイーリスの炎も、魔女の力を跳ね除けたじゃないか。合わせればきっと、心臓の燃え殻だってすっかり綺麗になるに違いないよ」


 ゆったりと述べるウィタを、ケニスたちは信頼しても良いように感じた。4人は顔を見合わせ、目線で頷きあった。


「やってみようか」

「やってみる価値はありそうよ、ケニー」

「試してみろよ」

「何をするんだ?」


 サルマンは精霊の話を聞けないので、オルデンから説明を受ける。



「なるほど。効くかも知れねぇな」


 皆が納得するとウィタは体をゆすって、ケニスの手の中に灌木の葉を落とした。


「ヴァレリア、頼める?」


 ケニスは、ウィタの灌木からむしってきた葉っぱを差し出す。


「こんなに燃えそうな場所で火を焚くの?」


 ヴァレリアは砂漠の村に住んでいるのだ。森で火を焚く人たちの気がしれないと思ったのである。


「魔法の火だからね。燃やしたい物だけを燃やせるよ」

「ほんとに?」


 ヴァレリアは疑わしそうにケニスを見上げる。


「ほんとよ。早くその水瓶を貸してよ」

「薬草を煮出すのにはコツがあんのよ」


 童女は専門家の顔を見せる。


「私に葉っぱをちょうだい」



 ケニスは童女の堂々とした態度に半ば気圧されて、灌木の葉を渡す。ケニスの大きな掌に載った細かい葉は、まだ白と虹色の渦巻く光を纏っていた。


「水を沸かせる?」

「できるよ」


 ケニスは空中に小さな火を起こす。


「便利ねぇ。これならどこでも薬を煎じられるじゃない。私も覚えようかしら」


 ヴァレリアは上機嫌になって、幸運を含む水を火にかけた。しばらくすると、水はシュウっと音をたてて細かい泡が立ち始める。ぽこぽこと泡が大きくなると、ヴァレリアは片手いっぱいに握っていた灌木の葉を湯に入れた。


「きれいねぇ」


 湯に銀緑の色がさあっと広がった。幸運の白い光が柔らかく水面を覆い、虹色の湯気が立ち昇る。


「なんだか幸せな気分になるなあ」


 サルマンは、薬草を煮る香りを胸いっぱいに吸い込んだ。オルデンも穏やかに微笑んでいる。森から吹く風には、緑と土の匂いが優しく乗せられていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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