292 負傷
オルデンは、縦抱きに抱え直してヴァレリアの背中を押さえる。ヴァレリアは目を吊り上げて抗議した。
「家を通り過ぎちゃったじゃない!」
「悪ぃ、ヴァレリアんちに寄ってる暇がねぇ」
オルデンは真剣に告げる。
「今帰ったって、村は魔女の残党とヴァレリアの仲間たちが激しく争ってると思うわ」
「洞窟にしばらく居なよ」
「ケニーの言う通りにしなさいな」
「そうだな、森の洞窟で休んでったらいい」
「そんなに危ない?黒い人たち、動かないじゃない?」
ヴァレリアは納得できずに帰りたがった。
「気持ちはわかるよ、でも」
ケニスが何かを言いかけたとき、砂に散らばる黒い塊から、赤黒いモヤが一斉に立ち上った。オルデンは咄嗟に水の壁を広げて皆を包んだ。
「ぐっ」
「えっ?デン?」
オルデンの顔が一瞬だけ歪む。両脚の付け根にモヤがまとわりついていた。だが、オルデンにくっついていた精霊たちが次々と額に触ると、金色の光が溢れ出る。光はモヤを掻き消してしまった。
「脚、デン、脚が動いてないよ!」
「ケニー、集中してっ」
「そうだ、俺は大丈夫だ」
「そうよ、オルデンよ?呪いっぽいモヤだってすぐに消えたじゃないの」
「デン」
焦燥の雰囲気を醸し出すケニスに、オルデンは余裕の笑顔を見せた。
「森に戻りゃあ、薬草の精霊だっているんだぜ。時間をかけりゃ、大抵の傷は治る」
「ケニー、忘れたの?あのラヒムってやつだって、死にかけてたのに治ったじゃない」
「あいつは、精霊を無理に使ってた」
「ゆっくり治すさ。このくらい、たいしてかかんねぇしな」
オルデンの脚は動かないが、風がそのまま森へと運んでくれた。森の縁では精霊たちが待ち構えていた。
弱まった邪法の力に勢いを得て、精霊たちが出迎えたのだ。魔女の手下は砂漠に、ギィの仲間はノルデネリエに、それぞれ集結している。精霊たちは、負傷したオルデンを安心して森に迎え入れたのであった。
「ねえ、心臓、真っ黒ね?」
砂漠の風が心臓の灰を流して、砂に混ぜようとしていた。これは自然に吹く風だ。呪いとも精霊とも関係がない。魔女の信奉者の仕業でもなかった。
「ダメよ、ケニー!灰を散らさないで」
カーラの炎が虹色にゆらめく。ケニスは咄嗟に地上へと降りた。魔法の風を使って、飛ばされてゆく心臓の燃え滓を集めるとポケットが白く光って膨らんだ。
皆の視線は思わずポケットに集まった。
「ウィタ?」
「灌木から離れられるの?」
ポケットから顔を出したのは、村の水場に生えていた灌木の精霊ウィタである。ウィタは葉っぱで出来た体に、幸運を浴びた葉を挟んでいた。
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