291 ギィの動向
「恩に着る!」
ケニスはその家を駆け過ぎながら感謝を述べた。
「こっちこそ!やり遂げてくれよ!」
若者は陽気な声で激励を送ってきた。
「安心しなさいな!」
カーラが確信に満ちた声で叫び返す。サルマンには魔法の攻防がみえないが、オルデンの風が力を貸し続けている。放たれた矢は魔法を切り裂き、邪法の道具に取り付けられている輝石を休む暇なく片付けていた。
日干しレンガの階段がやがて平らな道となり、またなだらかな坂となる。レンガが見えなくなり砂だけが足の下で軋む。村の原住民と、家屋内で保護されている精霊たちは、ここぞとばかりに加勢してくれた。
魔女の心臓は力を弱め、精霊たちは次々に解放されてゆく。邪法使いの魔法は弱まり、なりふり構わず襲いかかる者もいた。上空にいた群れからは、魔法を失い墜落する者が相次いだ。
「ケニー、ギィはどうだ?」
今は防御と精霊の保護に専念しているオルデンが、気遣わしそうに声をかける。
「魔女は呼んでるみたいだ」
「ふん、ちびっこの遺した呪いに苦しんでるのよ」
「ルイズが大人だったら、ギィより酷い邪法のリーダーになっていたかもな」
オルデンは恐ろしそうに言った。
「そうね。8歳でギィに対抗できるほど邪心を煽り組織を動かしたんだもの」
「ルイズが自分の肉体にかけた不死を目指す強力な呪いが、魂を砕かれた後に仇を閉じ込める牢獄になるとはね」
ケニスが語るのは、カワナミをはじめとする逃げ足の速い精霊たちからの情報だ。
「器にしたつもりで、ギィですらなかなか壊せず出られないのか」
オルデンは表情を硬くする。
「ルイズの呪いは他にも残ってるのかもしれねぇな」
「うん。向こうから来てくれないんじゃ、ノルデネリエに乗り込むしかなさそうだけど」
「本拠地には得体の知れねぇ呪いかよ。ギィだけでも不気味だってのに」
魔法は効かないが、強い呪いの影響は多少受けるらしいサルマンは、忌々しそうに呟いた。
「でもいい気味よね。8歳の器じゃギィが持つ精霊の力に耐えられないのに、なかなか肉体が滅びないのよ」
「じゃあ、ギィは今、力を思うようには使えない上に、ケニーに乗り移ることも出来ないのか」
「そうなんじゃない」
カーラはバカにしたように頭を振った。
一同が村の外に飛び出した時には、空は再び青く晴れ渡っていた。砂に落ちた邪法使いたちは、黒い粗布の塊となって累々と折り重なって広がっていた。ケニスたちは、力尽きた邪法使いたちを踏みつけることなく、軽やかに空を駆けて森へと向かう。
「ねえ、ちょっと、どこ行くの?下ろしてよぅ」
ヴァレリアが慌ててバタついた。
「あっ、こら、危ねぇ」
オルデンは青い服の童女を抱え直して、なおも先を急いだ。
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