290 市街戦
細い坂を駆け上っていると、扉の影から氷の槍が飛んできた。だがこちらに届く前に、カーラがばら撒く火の粉で溶け去った。建物の屋根に放水部隊が現れた。オルデンの壁は、邪法の水を取り込んでしまう。壁に吸収された水は空気と混ざってより強い魔法の壁を作った。
サルマンの矢が屋根の邪法使いを襲う。邪法使いたちは迎撃に気を取られ、オルデンの放つ水の針に輝石はことごとく撃ち抜かれた。解放された精霊たちは、魔女の心臓に引き寄せられる。
「させるかよ」
オルデンはニヤリと笑って、弱った精霊たちを魔法で呼び集めた。精霊たちはオルデンにしがみついて、力を分けてもらうのだった。オルデンは、ケニスたちにはもうすっかりお馴染みの、精霊まみれになった姿である。
「おのれっ」
空気を震わす怨嗟のうめきが屋根の上から響いてくる。してやられた水使いたちは悔しがっているのだ。しかし彼らは邪法に頼り過ぎた。己の魔法を研鑽せずに来てしまった。怒りに任せて魔法を放つも、ひょろひょろと弱々しい水鉄砲にしかならない。
「ええいっ」
幾人かは古代精霊文字を知っていたらしく、穴の空いた輝石の裏側に新たな文字を彫ろうとする。その手元にサルマンの矢が届く。
「ああっ」
水使いたちは輝石を取り落とし、逃げられた精霊を呼び戻すことは出来なかった。新たな精霊を呼び寄せることも叶わない。頼みの綱の魔女も、心臓を晒してケニスの炎で焼かれている最中だ。
横手の小路から、バラバラと邪法の輩が躍り出た。遠距離班の敗北に苛立ち、剣や短刀といった近接武器に魔法を纏わせた精霊剣の使い手たちだ。しかし使い手とは名ばかりで、精霊の力を吸い取る輝石を幾つも剣に縛り付けた即席だ。しかも、タリクやラヒムのような剣技に優れた専門家でもない。
それでもいちどきに現れたので、対応にはやや手間取った。
「周りは任せとけ」
サルマンは相変わらず落ち着いて、上や後ろに矢を放つ。オルデンは疲れた精霊に魔法の力を分けながら、防壁を保ち遊撃隊をいなしてゆく。ケニスの顔は険しい。なかなか燃え尽きない魔女の心臓に炎を送りながら、少しも速度を緩めず走る。
上り階段に差し掛かる。カクカクと曲がりながら村の外周へと向かっている。下りに差し掛かる僅か手前で、突然暖色の光が飛んできた。小指の先ほどの球を作り、光は正確に邪法の道具を包んでゆく。光の球に包まれた道具は、キュルキュルと音を立てて回転した。表面の精霊文字が削れて消える。
階段のてっぺんを越えると、一軒の家から光の球が飛び出してくるのが見えた。家全体も流動する橙色の光に包まれ、邪法使いが投げる礫や炎を巻き込んでは跳ね返す。
「ありがとう!」
ヴァレリアが叫ぶ。
「なんの!」
若者の声が壁の中から答えた。
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