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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
289/311

289 村を抜けて走れ

 サルマンはオルデンの助けを借りつつ、上空へも矢を放つ。ケニスが魔女の心臓に集中しているので、残念ながら幸運を載せることは出来なかった。


「こんな開けたところにいたら、蜂の巣にされるぞ」


 手を休めずにサルマンが言う。ルフルーヴ川の時と同じく、サルマンの弓はオルデンの魔法で回収され常に新品に戻される。矢が尽きることはないが、多勢に無勢である。村の外から飛んでくる団体は、空を覆うほどなのだ。



 魔法で矢を誘導するとはいえ、地上の相手も複雑に入り組む建物の間に潜んでいる。使われている精霊の救出も急がねばならない。身を晒しているこちらが不利なことに変わりはなかった。


「その通りだな」


 オルデンはさっと辺りを見回し、隠れる所を探した。ヴァレリアはパッとオルデンの服から手を離す。


「あっ、ヴァレリア!」


 オルデンが片腕を伸ばして引き戻した時には、幼い薬師の手に何かが握られていた。服の下から取り出した、携帯用の水差しである。一瞬の隙をついてかがみ込み、水場から幸運がたっぷり混ざり込んだ水を汲んだのだ。



 オルデンは建物の間を縫う狭路へと走る。腰ではカーラのランタンがガラガラとかしましい音を立てていた。ヴァレリアの小さな水差しには、溢れないように魔法で蓋をした。ケニスは燃える心臓を刺したままでヴォーラを掲げて走る。


 走りながらもサルマンは逞しい腕で八方に弓を引く。魔法で戻る矢は腰の箙に自動で収まる。そこから無心に矢を掴み、息つく間もなく飛ばし続ける。


 標的は邪法の道具である。精霊たちを縛る輝石を狙う。オルデンの風で巻き上げられた邪法使いの衣服から、古代精霊文字が刻まれた輝石が引き出されてゆく。輝石は色とりどりに煌めいて、秋の陽射しに華やぎを添える。


「来た道は無理だな」

「あっちよ!」


 オルデンの判断を聞くと、ヴァレリアが小さな手で狭路のひとつを指し示す。そこは確かに邪法の輩が少ない路だった。



「後ろは任せろ」


 サルマンは落ち着いて追撃を捌く。魔法の風が運ぶとはいえ、闇雲に矢を放っても無駄打ちになる。サルマン本来の正確な射撃の腕前が、魔法に後押しされて効果を上げているのだ。


「ケニーは心臓のことだけ考えて走れ」

「言われなくても」


 オルデンの指示には、ケニスが自信を持って応える。一同はヴァレリアの道案内で入り組んだ村の道を疾ってゆく。


「右よ!」


 童女の示す通りに曲がった瞬間、サルマンの迎撃をすり抜けた炎が地面に降り注いだ。


「馬鹿ね。私たちは炎なのに」


 カーラが鼻で嗤う。


「サルマンは火じゃないよ。普通の人間だよ」

「俺だって炎じゃねぇよ」


 ケニスがカーラを窘めると、オルデンも不満を述べた。ハハッと軽く笑いが起きた瞬間、上空からあらゆる魔法が降り注ぐ。とうとうケニスたちは、押し寄せた邪法の群れの攻撃圏内に入ったのだ。オルデンは咄嗟に空気の壁を作り、頭上を守った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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