288 心臓と魔女の手下たち
水場の光はますます強くなる。水溜りは波打って、ヴォーラが灌木の根元に潜り込んでゆく。少し捩って刃先を回すと、光は収束して刃を滑る。ヴォーラは柄ぎりぎりまで砂の地面に突き刺さった。カーラの火花が虹色に燃え上がり、一瞬、ヴォーラを刺した穴から炎が噴き上がる。
「ケニー!」
「大丈夫よ、デン」
噴き上がった炎は虹色の渦となって再び地中へと吸い込まれてゆく。飛んだ火の粉から周囲の灌木か燃え出した。水が何かにつまみあげられるように空中へと伸びる。ウィタの木だけは燃えていない。
「やっぱり命の木だわ!」
ヴァレリアがオルデンの陰に隠れながら眼を輝かせる。
「魔女が潜り込んだ砂地に灌木が生えた」
ウィタは、自分のいる木を中心に繰り広げられている出来事にまるで無関心な様子で、訥々と語り出した。
「心臓の真上に生えた灌木は、枝にたくさんの精霊文字を邪法で刻まれた。そうやって次々に精霊たちを縛ったのさ。ある日、私はその灌木に宿った。たくさんの魔法が絡み合って生まれた私は、生まれた時に枝々を覆う邪法の文字を古い皮と共に捨て去ったんだ」
「えっ?」
ケニスは思わず眼を上げる。
「魔女の力にはずっと引っ張られてここから動けない。だけど、完全に縛られてる訳じゃないのさ」
「そんなことって、出来るの?」
カーラは半歩前に出た。そこへ狭路から、邪法で正気を失くした精霊たちが襲ってくる。建物の陰には邪法使いが群がっていた。
サルマンは目にも止まらぬ速さで剛弓を引き絞り、四方へ矢を放つ。オルデンが風の魔法に乗せて加速させ、邪法使いの元へと誘導する。
「話は後だな。心臓を掘り出してしまえ」
ウィタのゆったりとした口調は、皆の気持ちを落ち着けた。一同は焦ることなくそれぞれの役割を果たす。持ち上がった水は普通の灌木に広がる火を消した。
「へへっ、役に立ったろ?」
カワナミが飛び出してひとしきり大笑いを響かせ、また空気の中に溶けてしまった。捕まらないように、さっさと逃げたのだろう。
「これだけ幸運が満ちていれば、ちっとくれぇならカワナミたちも出て来られんだな」
オルデンはヴォーラに眼をやって感心する。
虹色の炎が再び上がる。砂の中からヴォーラが引き抜かれた。白く光る剣の先には、どす黒く脈打つ魔女の心臓が突き刺さっていた。
「うぇぇ」
グロテスクな見た目に、ケニスが顔を顰める。酷い血の匂いもした。オルデンはヴァレリアの眼を手で覆い、風で匂いを吹き飛ばす。
心臓は、ケニスの剣に刺さったまま燃えている。周囲からの攻撃は激しくなって来た。
「上もよ!」
見れば、砂漠の空は森の方からやって来るものの群れで、黒く塗り替えられつつあった。
お読みくださりありがとうございます
続きます




