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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
287/311

287 幸運を砂漠に

 朗らかに笑う幼いヴァレリアにつられて、一同はひとしきり哄笑(こうしょう)した。


「それで、ウィタ、ここに砂漠の魔女が心臓を埋めたの?」


 笑いおさめてケニスが聞いた。


「ちょうど私の宿るこの木の下にある」

「やっぱり」


 言うなりケニスがヴォーラを抜いた。ウィタは慌てて身体をガサガサ言わせる。


「おい、急に何をする気だ」


 ヴォーラの光が白く溢れる。水溜りの精霊たちが風に攫われてゆく。救けられたのだ。だが、根本的な解決はまだである。



 ケニスの緑色に輝く巻毛が、水の精霊たちを乗せた風に洗われる。虹色の瞳は清涼に研ぎ澄まされた。精霊の血が働いて、ここ数日の間に突然がっちりと育ち上がったケニスである。目付きといい、直刀を構える姿といい、威圧感が恐ろしい程であった。


 ケニスは、形の良い薄色の唇を静かに動かす。


「ヴォーラ、幸せを力に」


 (つか)を握る大きな手に、カーラはそっと細い指先を添える。忽ち虹色の輝きが幸運剣の白に織り込まれる。水場は、白い光の中でチカチカと点滅する虹色の灯火で照らされた。周囲の家々にも高窓から光が漏れたらしく、幾つもの扉が軋む音がした。



 水場を囲む家では、扉の隙間からたくさんの瞳が様子を伺っている。中には、精霊を縛り付ける道具となった輝石を握りしめる手が見える隙間もあった。


 サルマンには光が見えていない。だが、灌木の生える水溜りに漲る緊張感はビシビシと感じた。剛弓の引き手であるサルマンは、張り詰めた空気に敏感なのだ。オルデンも固唾を呑んで見守っている。


 す、とカーラが指を引く。ふわりと退がって離れる刹那、ケニスの太い手首が返る。ブン、と空を切る音がした。白刃が砂漠の陽光を反射する。剣自らが放つ光に太陽の煌めきを飾り、人々は目を開けていられないほどだ。



 ヴォーラの剣身が灌木の根元へと斜めに刺さる。幸運の力を魔女の悪運から汲み上げている為か、黒ずんだ紫色が光に混ざり込む。サルマンは弓を背中から下ろした。


「ヴァレリア、離れるなよ」


 オルデンが童女を庇って警戒を高めた。水場周辺の住民だけではなく、村の邪法使いが何事かと集まって来ている。その気配を感じたのだ。


 ヴォーラの力で消えずに済んだ水の精霊たちが、ヴァレリアと一緒にオルデンの服へとしがみつく。


「剣の長さだけじゃ足りないな」


 ケニスの額に脂汗が滲んだ。カーラは邪魔をしないように離れている。


「ケニー、今のうちに私の灌木から葉を摘んでおけ」

「分かった」


 ケニスは素早く片手を伸ばし、精霊の宿る命の木から葉を毟る。


「そのくらいでいいぞ」


 ケニスがわしっと一握りを掴み取りポケットに捩じ込むと、ウィタが眼をキョロリと動かした。



お読みくださりありがとうございます

続きます

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