286 砂漠の命
灌木の上で晩秋の太陽に晒されながら、葉っぱの塊は興味が無さそうにカサカサ音を立てる。
「水の精霊たちは、どうやってここに来るんだろ」
「カワナミたちは無事だったものねぇ。どこからでも引き寄せられる訳じゃあなさそうだし」
「種で記憶を引き継ぐ隠れ里の青い花みたいに、生まれ直してるのか?」
オルデンは顎を摩りながら思案する。
「それは違うわよ」
ヴァレリアが断言した。
「魔女の手下が外で捕まえて村に連れてくるのよ。その後はここに引き寄せられるだけよ」
「やっぱり、ここに魔女の心臓がありそうだね」
ケニスは、涸れることのない水溜りに消えて行く精霊たちを眺めて気を引き締めた。
「なあ、灌木、教えてくれよ」
ケニスは膝を屈めて、灌木の精霊と眼を合わせる。精霊はぱちくりと瞬きをした。それから徐に声を出す。口はないので、体全体から音が出ているようだ。
「私に名付けることが出来たら、教えてやろう」
邪法は、勝手に名前をつけた精霊をその名を表す文字で道具に縛る。かつてイーリスは砂漠の魔女から精霊竜と呼ばれて捕まった。だが、解放してくれた恩人であるジャイルズに頼んでイーリスとなり、存在を確かなものとしたのだ。
精霊は気まぐれなので、名前を欲しがらない者もいる。まして邪法に縛られて魔女の思惑に従う精霊が、名付けてくれとは珍しい。
「上等じゃねぇか。ケニー、名前付けてやれよ」
「そうよ。威張るんじゃないわよ。ケニーが付けるかっこいい名前に慄くがいいわ」
好戦的なオルデンとカーラに、サルマンは呆れ気味である。そもそも精霊側の言葉や様子は全く感知出来ないのだ。やり取りでなんとなく状況は察したが、それでも片側しか聞こえない会話は滑稽に見えた。
「そうだなぁ。俺、古代精霊語はちょっとしか知らないんだけど」
「ケニー、難しく考えんな。俺が付けたカワナミも、ジャイルズが付けたカガリビも、精霊大陸の俗語だぜ」
「ぞくご?」
「ちゃんとしてない奴らが使う言葉さ」
「ふうん。そんなので良いんだ?」
「パッと思いついたやつで良いんだよ」
オルデンは深く考えないたちなのである。不真面目なわけではないし、必要な範囲できちんと考えてから行動はする。だが、沈思黙考型の人間には程遠いのだ。魔法が得意な人間は、だいたいがそういう性格である。だからこそ、気まぐれな精霊たちにも愛されるのだ。
「そっか。じゃあ、命」
「ふむ。流れから俗語で付けてくれるかと期待したんだが」
「え、そしたら、そうだなあ」
ケニスが考え直そうとすると、灌木の精霊は激しく体をゆすって抗議した。
「待て待て、ウィタがよい」
「気に入ったの?」
「気に入ったぞ」
「やあね。紛らわしい」
カーラが不機嫌を露わにすると、ヴァレリアは弾けるように笑った。
「あはははっ!そうよね。紛らわしいわ!」
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