285 灌木の精霊
狭路の果てに現れた水溜りは、砂で少々濁っている。村人はここから水を汲み、素焼きの瓶で濾過するのだという。ゆとりのある村人は、ヴァレリアの家から浄化の薬を買って僅かながら魔女の力に抵抗する。
「ここの精霊は縛られてるのね」
カーラは苦しそうに言った。水辺にはたくさんの精霊がいて、絶え間なく水を生み出しては消えていった。消える側から新しい精霊が呼び出される。砂漠に精霊は寄り付かないはずなのに。
茂みの中に、一際瑞々しい木があった。細く白っぽい枝が、根元から束のようになって伸び、小さく尖った舟形の葉がびっしりと生える。その葉陰から、小さな葉を集めたような精霊が覗いていた。
「捕まってるのに元気そうだな?」
ケニスは精霊に声をかけた。サルマンがギョッとしてケニスを見る。
「あちらさんだって気付いてるんだ。今更知らねぇフリしても意味ねぇぜ」
オルデンが静かに説明する。
「不思議でしょ?この子は、ずっと昔からいるのよ。毎日記録されてるわ」
薬師の家族で代々確認されて来た精霊らしい。精霊は、新顔に警戒して葉陰から出てこない。じいっと5人を観察している。
「捕まった精霊の眼じゃねぇな?」
オルデンは首を傾げる。カーラのランタンでは、虹色の火の粉がパチパチと弾けた。星型に穴が開けられたランタンの胴から、弱いながらもくっきりとした光が灌木の精霊を照らす。精霊は驚いて、白目がないオリーブグリーンの眼をぱちくりした。
精霊はカサカサと身を捩って、茂みの外に出て来た。葉っぱの塊につぶらない眼がふたつ。覗いていた部分は顔ではなく全身だった。手足も口も耳もない精霊だ。
「智慧の子、凶兆の王子」
ゆったりとした口調で、見た目とちぐはぐな厳かな声を出す。
「双子の兄が凶兆なんて、出鱈目だよ」
ケニスは諭すように言った。ノルデネリエで悪意と共に語られる嘘の伝承を否定され、精霊は戸惑いを見せる。魔女の力が強いこの村でも、ノルデネリエ精霊王朝で双子の兄は災いを呼ぶ者だと言われているのだろう。
国境の森では精霊たちがイーリスの子孫のことを、断片的な知識で「火焔の御子」「炎の御子」と読んで敬っていた。魔女に育てられ邪法に染まったギィの肉体を刺したのは、双子の兄シルヴァインである。砂漠の魔女を追い詰めたのもまた、シルヴァインだ。
魔女にとっては憎い仇である。ノルデネリエ王室の直径に生まれた双子の兄を庇う言葉は、禁句のはずだ。だが、心臓だけになった魔女にはもう意思がないのか、邪法が強まる気配はなかった。
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