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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
284/311

284 狭路を辿る

 砂が小さな滝のように流れる日干しレンガの階段を登り降りしていると、いつのまにか家に囲まれた谷間のような所に出た。


「魔女の力のせいかもしれないけど、この村では必ず魔法使いが生まれるのよ。サルマンみたいに全然魔法や精霊と縁のない人はいないわ。その力に惹かれて家の中で生まれた子は、ある程度は生き延びるんだ」


 せっかく生まれた精霊も、多くは結局、砂漠のどこかに埋まる魔女の心臓に吸われてしまう。だが、中には薬師の家のように、家屋内限定とはいえ守られて残る者もいた。それを希望として、邪法に染まらない人々もひっそりと志を伝えている。


「うちで生まれた子たちみたいに元気なのは、やっぱり珍しいわね」

「けど、薬から生まれた精霊たちが長生きすることは、希望には違いないでしょ?」

「そうね。ケニー。だから私も、命の木の研究をやめないのよ」


 砂漠の魔女にとっては、力が砂漠から外へ出られないのも誤算だが、生まれた村を掌握しきれなかったのも失敗だった。力を求めて体を捨てた砂漠の魔女の邪法には、最初から綻びがあったのだ。



 谷底のような場所を歩いてゆくと、次第に日干しレンガが消えた。空気に湿り気はあるが、足の下は砂である。踏むとキシキシと乾いた音を立てて、足の甲まで上がってくる。ケニスたちは靴に魔法をかけているので、歩きづらさはなかった。


「あんたたち、すごいのね」


 ヴァレリアは目を丸くした。この村で魔法は普通、使う側から吸い取られて消えてしまう。ケニスたちは、無尽蔵の魔法で顔色ひとつ変えなかった。サルマンは全く魔法の影響を受けないので何ともない。靴にはオルデンが魔法をかけている。疲れの色も見せない。



 純粋な精霊であるカーラは、顔色がかなり悪くなっている。オルデンに預けた藍色のランタンも、中の炎が弱々しい。完全に精霊の部分をコントロールしたケニスがしっかりと手を繋いでいる。有り余る魔力を分けているのだ。


「デロンの籠にも影響が出るなんて」


 カーラは不服そうに頬を膨らます。


「俺も強く引っ張られるよ。魔女の心臓に近いんじゃないかな」


 人間の血のほうが濃いケニスでも、引き摺られるような感覚があった。邪法への怒りは、魔女の心臓に近づくにつれてむしろ容易く抑えられるようになっていた。この村に入ってからは、加重トレーニングのような状態になっていたからだ。



「ついたわ」


 砂の狭路を進んで角を曲がると、突然水溜りと灌木の茂みが現れた。円天井で覆われた日干しレンガの家が、水場を囲う斜面に並び岩壁のように折り重なっている。辺りに人影はなかった。


「村の中心よ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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