283 村人と精霊
この村は、砂漠の魔女が生まれた村だ。道具に精霊から教わった文字を刻む方法は、魔女が生まれるよりも前からあった。古代精霊文字と呼ばれるほど古くから伝わる、必要な力を精霊から貸してもらう方法だ。その道具があれば、精霊との交流があまり得意ではない人でも、力を貸してもらえる。
それを悪用したのが砂漠の魔女である。魔女が編み出したのが邪法だ。ある日、手伝いに来てもらった精霊を捕まえて縛り付けてしまった。
現在この村に住む人の中には、魔女より前からの家系もある。魔女の信奉者だけではなく、代々住んでいる人々もいるのだ。
「じゃあ、魔女の力に憧れる奴ばっかりじゃあないのか」
ケニーはほっと表情を緩める。
「そうね。その力のせいで干からびちゃうんだもの。ここで生まれた生き物や精霊たちはね、村から出られないの。逃げることも出来ないのよ?憧れないわよ。魔女になんか、憧れたりしないんだから」
ヴァレリアは饒舌になり、最後には下唇だけをびろんと突き出して見せた。
「だけど、強い力に憧れて外からやって来る人はいるのよ」
「そいつらにも魔力や生命力を吸われるの?」
「余所者なんかにやられやしないわよ」
カーラの疑問には少し憤慨して、フェルトの靴をどすどすと踏みしめながら表へと出る。この村に住む一族なのだ。なにか邪法に対抗する手段もあるのだろう。だが、魔女の心臓には抗えず、死に至るまで命を吸われてしまうようだ。
「私たちは、魔女よりも昔から精霊と仲良しだったのよ」
「ヴァレリアの家以外にも、精霊は生まれるの?」
ケニスが明るい声で聞くと、ヴァレリアは幼い顔を曇らせた。
「たまに生まれはするんだけど」
そのまましばらく口をつぐんで、家の前から続く細道を行く。白っぽい砂が軋む。風に舞う砂に目を細めながら、ヴァレリアは家々の間を縫ってゆく。
さほど大きくもない村だが、薬師の家から遠ざかるにつれて家は増えて来た。日干しレンガの敷かれた道が現れ、簡単な階段も見え始める。道は複雑に折れ曲がり、登ったり下りたりしていた。
「あっ!」
階段を風に運ばれてゆく砂の中で、うっすらと影のようなものが生まれて消えた。
「余所者には負けないんだけど、外にいる子を守れるほどじゃないのよ」
生き物を閉じ込めてしまう牢獄として、この村は魔女に利用されていた。多少の抵抗など、魔女とその信奉者にとってはまるで脅威にはならないのである。
「家の外で生まれる子は、あっという間に吸い取られてしまうわ」
しかし、そこが村人たちの付け目でもあった。弱さを力として、脈々と本物の精霊文化を受け継いできたのである。邪法使いたちにとっては、邪法より古く使い途のない技術だ。見下されたことで、稀に村で生まれる精霊が道具に宿る機会ができた。




