281 呪いに抗う
水瓶の縁には薬草の精霊が座っている。どうやらこの水は、ただの水ではないようだ。
「微かに薬の匂いがするのね」
カーラは水瓶にいる精霊に言った。
「俺は薬草に宿る露の精霊だからな!」
「へえ」
「ヴァレリアが夜明けに集めた薬草の葉にくっ付いてやって来たんだ」
「そうなの」
カーラはさほど興味がない様子だ。
「どんな薬なんだい?」
ケニスは好奇心をそそられて尋ねる。
「病気や呪いを洗い流す薬だよ」
「呪いも?」
「軽いやつならな」
水瓶にいる精霊は、大威張りで立ち上がる。全身は濃い緑色の水で出来ていた。姿は上端に一枚の小さな葉っぱがついた小枝である。手も足もない。水なので、自在に折れ曲がって立ち居ができるのだ。目も鼻も口も無いのだが、精霊なので話ができた。
「じゃあ、この水があれば大人が干からびるのを止められるのかしら?」
「そうはいかないよ」
露の精霊が、水で出来た小枝の体を揺らしながら言った。
「軽いやつならって言ったじゃないか」
「そうだったわね」
カーラと露の精霊が話すのを聞いて、ヴァレリアがずい、と前に出た。
「呪いに興味があるの?」
一行は顔を見合わせる。ここは、砂漠の魔女が撒き散らす邪法の気配が濃厚な村だ。そんな村に子供1人で住んでいる。同情はするものの、どこまで信用して良いものやら分からない。
ヴァレリアは首をうんと上に向けて、ぐるりと4人を見回した。
「あんたたち、精霊もいるし、話してあげてもいいわよ」
「何をよ?」
カーラはフン、と鼻を鳴らす。
「呪いの話?」
ケニスは話の流れから質問をする。大人2人は黙って成り行きに任せていた。ヴァレリアとケニスたちは、子供同士というほど歳が近くはない。だが、親子ほど離れたオルデンやサルマンよりは、気安く話が出来そうである。
「ここまで来たんだから、砂漠の魔女が残した呪いは知ってるでしょ」
「知ってるわ」
「知っている」
「大人たちが干からびるのは、精霊が消えるのとおんなじなのよ」
「魔法の力が吸われるのか?」
「そうよ、ケニー。我が家の研究によるとね」
ヴァレリアはエヘンと腰に手を当てる。
「命の木って呼んでる枯れない灌木の話をしたでしょう?」
「聞いた」
「毎日調べに行ってるうちの大人たちは、他の村人たちよりも若いうちに干からびるのよ」
ケニスとカーラは顔を見合わせる。
「魔法や精霊の力を吸い取ってるから枯れないのかしら?」
「そうみたい。すごく吸われてる感じがするんだって。子供のうちは危ないから、って一緒に行かれなかったんだ」
「そんな危ないのに毎日行くの?」
ケニスが遠慮がちに聞いた。
「薬を作るのに成功すれば、干からびる前に戻せるかもしれないもん」
「見込みはあんのか?」
オルデンは期待を滲ませる。魔女の呪いに対抗できる希望が見えたからだ。
「いろんなものと混ぜては見てるのよ。乾かしたり、煮出したり、飲んだり、塗ったり、試してきたわ。一瞬だけ元に戻った記録があるけど、再現出来ない」
ヴァレリアは、小さな口からため息をつく。
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