280 枯れない灌木
ヴァレリアは洗濯物を畳んでは重ねている。
「あのね」
尚も表情を動かさずに、ヴァレリアは語る。
「あんたたち、精霊とお話できるでしょ」
「うん」
「そうね」
「だから、教えたげる」
「何よ?」
ヴァレリアは手を止めず、話し続けた。
「ご先祖がね、枯れない灌木を見つけたの。母さんたちは、命の木と呼んでた。動物が食べると死んでしまうのよ。だから、毒だと言われてる。でも、成分を薄めれば薬になる植物ってあるじゃない?濃いと毒なんだけど。ご先祖は、なんとか生命力だけを取り出せないかって頑張ったのよ」
「それを代々研究してんのか」
オルデンは興味を示した。
「ええ。あたしも手伝ってた」
ヴァレリアは洗濯物を畳み終えた。畳んだ布の山は、部屋の隅にあるカゴに丁寧な手つきでしまった。その間も落ち着いた口調で、話を切らなかった。
「母さんたちが干からびた後でも、続けてるの」
「ひとりで村の薬師をやってんのか?」
オルデンは特に驚いた様子もなく聞いた。オルデンも、幼い頃に親を亡くしている。そのあとは自分の魔法と精霊だけに頼って生き延びた。邪法の輩に人違いで追われる以外、特に困ったこともない。
カーラはもとより精霊なので、人間の子供がひとりで村の薬師をしている異常さは解らない。ケニスも町や村から離れて育った。この場でその特殊な状況を理解しているのは、サルマンだけであった。
「村の大人たちは、良くしてくれんのか?」
流石に気になったのか、サルマンがぼそりと尋ねた。
「うん」
「飯に呼んでくれたり?」
「しないよ」
「着るもん縫ってくれたり?」
「しない」
「じゃあ、何をしてくれるんだ?」
「薬師として認めてくれてるよ。あたしは子供だけどね」
ヴァレリアは胸を張る。
「薬師の秘密はちゃんと守れるからね!」
ケニスはゾッとした。ルフルーヴ城址の隠れ里を思い出す。親切なおばさんが、ケニスたちを励ましてお菓子と薬を持たせてくれた。ケニスは、母親がいたらこんなかなあと胸を温かくしたものだ。
その人は、どうやら邪法のスパイだったらしい。ケニスたちに渡されたお菓子には、精霊の力を弱めて眠らせる薬が練り込まれていた。
「薬師の秘密ってやつを狙ってるんじゃないのか?」
「そんなの、ずっと前からよ」
ヴァレリアは鼻で笑う。
「この家には、縛られてない精霊がいるからね。みんな怪しんでるし、どんな精霊がいるかとか、精霊たちが自由でいられる秘密を探りに来んのよ」
「それが薬師の秘密ってやつなのか?」
「それもあるけどね。他にも」
片付けが終わって、ヴァレリアは入り口付近に置いた水瓶から水を汲んでくれた。器はひとつ。素焼きのお椀のようなものであった。どうやら、飲み物はこれひとつで回し飲みする習慣のようだ。
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