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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
280/311

280 枯れない灌木

 ヴァレリアは洗濯物を畳んでは重ねている。


「あのね」


 尚も表情を動かさずに、ヴァレリアは語る。


「あんたたち、精霊とお話できるでしょ」

「うん」

「そうね」

「だから、教えたげる」

「何よ?」


 ヴァレリアは手を止めず、話し続けた。


「ご先祖がね、枯れない灌木を見つけたの。母さんたちは、命の木と呼んでた。動物が食べると死んでしまうのよ。だから、毒だと言われてる。でも、成分を薄めれば薬になる植物ってあるじゃない?濃いと毒なんだけど。ご先祖は、なんとか生命力だけを取り出せないかって頑張ったのよ」

「それを代々研究してんのか」


 オルデンは興味を示した。


「ええ。あたしも手伝ってた」



 ヴァレリアは洗濯物を畳み終えた。畳んだ布の山は、部屋の隅にあるカゴに丁寧な手つきでしまった。その間も落ち着いた口調で、話を切らなかった。


「母さんたちが干からびた後でも、続けてるの」

「ひとりで村の薬師をやってんのか?」


 オルデンは特に驚いた様子もなく聞いた。オルデンも、幼い頃に親を亡くしている。そのあとは自分の魔法と精霊だけに頼って生き延びた。邪法の輩に人違いで追われる以外、特に困ったこともない。


 カーラはもとより精霊なので、人間の子供がひとりで村の薬師をしている異常さは解らない。ケニスも町や村から離れて育った。この場でその特殊な状況を理解しているのは、サルマンだけであった。



「村の大人たちは、良くしてくれんのか?」


 流石に気になったのか、サルマンがぼそりと尋ねた。


「うん」

「飯に呼んでくれたり?」

「しないよ」

「着るもん縫ってくれたり?」

「しない」

「じゃあ、何をしてくれるんだ?」

「薬師として認めてくれてるよ。あたしは子供だけどね」


 ヴァレリアは胸を張る。


「薬師の秘密はちゃんと守れるからね!」



 ケニスはゾッとした。ルフルーヴ城址(じょうし)の隠れ里を思い出す。親切なおばさんが、ケニスたちを励ましてお菓子と薬を持たせてくれた。ケニスは、母親がいたらこんなかなあと胸を温かくしたものだ。


 その人は、どうやら邪法のスパイだったらしい。ケニスたちに渡されたお菓子には、精霊の力を弱めて眠らせる薬が練り込まれていた。


「薬師の秘密ってやつを狙ってるんじゃないのか?」

「そんなの、ずっと前からよ」


 ヴァレリアは鼻で笑う。


「この家には、縛られてない精霊がいるからね。みんな怪しんでるし、どんな精霊がいるかとか、精霊たちが自由でいられる秘密を探りに来んのよ」

「それが薬師の秘密ってやつなのか?」

「それもあるけどね。他にも」


 片付けが終わって、ヴァレリアは入り口付近に置いた水瓶から水を汲んでくれた。器はひとつ。素焼きのお椀のようなものであった。どうやら、飲み物はこれひとつで回し飲みする習慣のようだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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