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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
279/311

279 砂漠の薬師ヴァレリア

 青い服の童女は、洗濯物を腕いっぱいに抱えてケニスたちの様子を伺う。


「何しに来たの」

「村が急に現れたから、来てみただけだよ」

「砂漠で何してたの」

「デロンの足跡を辿ってるのさ」


 ケニスは咄嗟の思いつきで言った。


「デロンノソクセキってなに」

「辿るは解る?」

「追いかけるとか、そういうやつ」

「うん。だいたいあってる」

「デロンノソクセキは?」

「デロンは、この綺麗なランタンを作った人」

「ふうん」


 童女はオルデンが腰に提げた、カーラのランタンをジロリと見る。


「ソクセキは、あしあとだよ」

「あしあとを追いかけてるの?ああ、デロンて人も旅人だったのね?」

「うん。だいたいあってる」

「ふうん」


 青い童女は、一行を睨め回すと、ひとつ得心したように頷いた。


「水でも飲んでって」


 ケニスはチラリとオルデンを見た。オルデンは軽く顎を下げる。


「そりゃありがてぇ」

「ありがとう」

「お言葉に甘えるわ」

(わり)ぃな」


 歩き出した童女について、一行は家に入った。



 壁際はぐるりと棚になっていて、箱や瓶が並んでいる。棚同士を角材が支え合い、そこから吊るされた草花が乾燥した姿を見せている。床には分厚い織物とカラフルなクッションがある。童女は入り口でオーバーシューズに足を入れた。


「あ、靴、どうしよ」

「魔法があるよ」


 ケニスはさっと4人の靴を綺麗にした。


「便利ね」

「あんた、魔法使えないの?」

「使えないわ」


 カーラの質問に答えた童女に、ケニスは家の中を見回して聞く。


「じゃ、ここにいる精霊たちは?」

「邪法の犠牲者っぽくはねぇな」


 オルデンも不思議そうだ。


「ここにいると、引っ張られないんだって」

「へんね。魔女の力は感じるけど」

「僕たちは、ここで生まれた薬の精霊たちだからね」


 床の上、クッションの上、棚のあちこちから精霊たちが集まってきた。


「で?君たちは誰?」

「ケニーだ」

「カーラよ」

「俺はオルデン、こっちはサルマン」

「あたしは剛健(ヴァレリア)よ」

「大人はいないの?」


 ケニスが首を傾げる。


「いないわ」


 ヴァレリアは洗濯物をクッションの上に広げると、自分もしゃがんだ。


「ここの大人は、時々干からびて死ぬのよ」


 さも当然のことのように言いながら、ヴァレリアは洗濯物を畳む。



「うちは代々薬師でね」

「それで薬がいっぱいあるのね?」

「そうよ。干からびた人を治す研究もしてんの」

「じゃあ、この家の大人は調べごとで出かけてるの?」

「違うわ。干からびたのよ」


 ヴァレリアは淡々としている。見たところ10歳前後だ。人がこの世を去るということは、もう理解している年頃である。まして、乾燥して命を落とす村人たちを見て来た薬師の家だ。親兄弟が帰らぬ人となったことが解らぬ筈はない。


 ハッサンの死を乗り越えたケニスは、小さな女の子の胸の内を察して、ぐっと下顎に力を入れた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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