279 砂漠の薬師ヴァレリア
青い服の童女は、洗濯物を腕いっぱいに抱えてケニスたちの様子を伺う。
「何しに来たの」
「村が急に現れたから、来てみただけだよ」
「砂漠で何してたの」
「デロンの足跡を辿ってるのさ」
ケニスは咄嗟の思いつきで言った。
「デロンノソクセキってなに」
「辿るは解る?」
「追いかけるとか、そういうやつ」
「うん。だいたいあってる」
「デロンノソクセキは?」
「デロンは、この綺麗なランタンを作った人」
「ふうん」
童女はオルデンが腰に提げた、カーラのランタンをジロリと見る。
「ソクセキは、あしあとだよ」
「あしあとを追いかけてるの?ああ、デロンて人も旅人だったのね?」
「うん。だいたいあってる」
「ふうん」
青い童女は、一行を睨め回すと、ひとつ得心したように頷いた。
「水でも飲んでって」
ケニスはチラリとオルデンを見た。オルデンは軽く顎を下げる。
「そりゃありがてぇ」
「ありがとう」
「お言葉に甘えるわ」
「悪ぃな」
歩き出した童女について、一行は家に入った。
壁際はぐるりと棚になっていて、箱や瓶が並んでいる。棚同士を角材が支え合い、そこから吊るされた草花が乾燥した姿を見せている。床には分厚い織物とカラフルなクッションがある。童女は入り口でオーバーシューズに足を入れた。
「あ、靴、どうしよ」
「魔法があるよ」
ケニスはさっと4人の靴を綺麗にした。
「便利ね」
「あんた、魔法使えないの?」
「使えないわ」
カーラの質問に答えた童女に、ケニスは家の中を見回して聞く。
「じゃ、ここにいる精霊たちは?」
「邪法の犠牲者っぽくはねぇな」
オルデンも不思議そうだ。
「ここにいると、引っ張られないんだって」
「へんね。魔女の力は感じるけど」
「僕たちは、ここで生まれた薬の精霊たちだからね」
床の上、クッションの上、棚のあちこちから精霊たちが集まってきた。
「で?君たちは誰?」
「ケニーだ」
「カーラよ」
「俺はオルデン、こっちはサルマン」
「あたしは剛健よ」
「大人はいないの?」
ケニスが首を傾げる。
「いないわ」
ヴァレリアは洗濯物をクッションの上に広げると、自分もしゃがんだ。
「ここの大人は、時々干からびて死ぬのよ」
さも当然のことのように言いながら、ヴァレリアは洗濯物を畳む。
「うちは代々薬師でね」
「それで薬がいっぱいあるのね?」
「そうよ。干からびた人を治す研究もしてんの」
「じゃあ、この家の大人は調べごとで出かけてるの?」
「違うわ。干からびたのよ」
ヴァレリアは淡々としている。見たところ10歳前後だ。人がこの世を去るということは、もう理解している年頃である。まして、乾燥して命を落とす村人たちを見て来た薬師の家だ。親兄弟が帰らぬ人となったことが解らぬ筈はない。
ハッサンの死を乗り越えたケニスは、小さな女の子の胸の内を察して、ぐっと下顎に力を入れた。
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