278 水の匂いがする村
魔女の気配を辿り、一行は南の砂漠を進んだ。2日ほど砂ばかりを眺めた後で、砂丘の向こうに集落を見つけた。昼過ぎからの砂嵐をものともせず、淡々と直進していた。砂の盛り上がりをスルスルと降り切った所で、その村は突然目に入った。頂上からも、降りる途中も、砂嵐で視界が悪かったということもある。だが、それだけでは説明がつかないほど唐突に現れた。
「目眩しか」
「魔女の心臓がありそうよ」
カーラは青い顔をしている。ケニスは、カーラの手を取り肩を抱えて支えていた。
「ずいぶんと水がありそうじゃねえか?」
オルデンが目を細める。
「精霊を拘束して水を得ているんだわ!」
カーラが憤る。精霊の力を感じ取ったのだ。
「で、どうすんだ?まさか正面から入ってくのか?」
「心配すんな、サルマン。一回りして一旦退くさ」
「その一回りだって危ねぇだろ」
「ヤバそうなら逃げるさ」
「カーラきつそうだぜ」
「無理なら言うわよ」
ケニスは黙って歩を進める。片手はしっかりとカーラと結び合っていた。
「オルデン、ランタンをお願いするわ」
「カーラ、いい考えだと思うよ」
村外れの建物や灌木が輪郭をはっきりと現す頃、カーラは藍色のランタンを差し出した。ケニスも後押しする。
「純粋な人間で、魔法の力が強いオルデンなら、デロンの籠を守れると思うの」
「俺じゃ精霊の血が入ってるから。邪法に捕まるかもしれないだろ?」
「確かに、もしもカーラが捕まった時、籠を壊されたら取り返しがつかねぇな」
「うん。いざって時には籠を持って一旦逃げて」
「分かったよ。それで安心すんなら預かっとかぁ」
オルデンはカーラのランタンを受け取ると、器用に腰ベルトへと括り付けた。
話しながら村の外周にそって歩く。屋根の円い日干しレンガの建物は、窓が小さく数も少ない。長方形にくり抜いた窓は、高い所にひとつだけ。煙抜きの穴なのだろう。こちらからも中かの様子は見えないが、中からこちらも覗けないようだ。
精霊を捉えてふんだんに生み出している水の匂いが、湿り気を帯びた風に乗って漂っていた。サルマンは魔法が使えないので、皆に教えられなければオアシスなのかと思っただろう。
「旅の人?」
家と家の間に立って洗濯物を取り込んでいた童女が、ケニスたちに声をかけてきた。砂よけに被った布は、鮮やかな青と黄色のチェックだ。青一色の丈長の上衣から、ゆったりした筒状の白いズボンが覗いている。足元はフェルトのブーツだった。黒地に青で、可愛らしい小鳥の毛糸刺繍が施されている。
「うん」
警戒して眉間に縦皺を寄せる童女に、ケニスは爽やかな笑顔で答えた。カーラは少し気に入らない顔をした。
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