表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
273/311

273 シャキアの心

 カワナミの騒がしさに、オアシスの精霊はフイと水の中に潜ってしまった。その態度を見て、カワナミはますます笑い転げている。


「心が狭いねぇー!」

「カワナミ、アルムヒートまで運んでくれる精霊はいないかしら?」

「あれ?シャキアは魔法使えないの?よわーい!ハハハ」


 カワナミの嘲笑に気を悪くすることもなく、シャキアは話を続ける。


「そりゃ魔法鍛冶のはしくれですから?少しは使えるけど」


 1人で安全に砂漠を渡れるほどの力はないのだ。


「それなら、砂漠の夜風にでも頼んでみればー?」

「カワナミからも頼んでみてくれる?」

「いいよー!」


 カワナミは気安く引き受けると、一旦虚空に溶けた。去り際に撒き散らした水滴が、遺跡の床で透明な球となって輝いていた。シャキアは、ケニスたちが飛ばした汗や水飛沫を思い出す。明るい声が耳に響く。あの日々には、からりと笑う青い瞳のハッサンもいた。



 オルデンは、いつもゆるりと笑っていた。まだ幼さが残る養い子のケニスやカーラが高い声でふざけ合う姿を、優しい紫色の瞳で愛でていた。


「あの智慧の子と呼ばれる人にも、予想外の事は起こるかも知れないのね」


 シャキアはオアシスの静かな水に眼を向ける。オルデンは、このオアシスのような人だと思った。広く深く、人々を潤すオアシスのような男。泥棒だなんて悪ぶるけれど、生きるためには仕方のない範囲だった。強欲や悪心から来る盗みではない。人違いで命を狙われた子供だったのである。精霊の助けがあるとはいえ、普通の倫理観で判断出来る状況ではなかったはずだ。



「デン、大丈夫かしら」


 シャキアは、逆さまの宮殿でギィと戦った夜を目に浮かべた。優しい瞳のその人は、冷静に魔法を使って切り抜けたものだ。だが、いま凶刃に倒れたハッサンだとて、あの日には縦横無尽の活躍ぶりを見せたではないか。


「私にも守る力があれば良かったのに」


 恐ろしい邪法の力に立ち向かうには、シャキアの魔法は弱すぎる。もしも強い力があったなら。デロンの竈だけでなく、デロンの技も受け継いでいたならば。アルラハブから伝え聞く不思議の技も、逆さまの宮殿で思い出の鏡が見せるアルラハブとデロンのやり取りも、シャキアの腕では活かせない。


「悔しいわ」


 安否を気遣い無事を祈る身の上はもどかしい。オルデンはオアシスに戻らないと思われる。宿命の王子に寄り添う星の元に生まれたからだ。


「せめて、私の方から行けたなら」


 亡きハッサンを待っていたパリサも、同じ思いを抱いていたに違いない。愛する人がついに帰らぬ人になったと知った彼女の胸の内は、どんなにか苦しかったことだろう。


「デン、どうかご無事で」


 爽やかな砂漠の春風に涼しく波立つオアシスの水面(みなも)は、シャキアを慰めるように澄み切った空を映していた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ