272 巻き込まれた人々
サルマンの矢は、オルデンの魔法を受けて消耗しなくなっていた。だが、手入れをしていないと落ち着かないらしい。ささいなことであっても、日常の習慣を続けていないと正気を保てないような事態に巻き込まれてしまったのだ。
2年もの間、図らずも故郷を離れている。状況は、水の精霊を通じて知らせた。同情はされた。だが当然、真面目に勤めていた仕事は失った。
巻き込まれたのは、サルマンだけではなかった。アルラハブから事情を聞いたシャキアは、残されたパリサとヤラを訪ねてみようと決めた。シャキアも、ハッサンとは4年の時を共に過ごしたのだ。将来を約束したパリサの心変わりを心配しながらも、ケニスを見捨てなかったハッサンである。シャキアも一目置いていた。残された恋人と妹の様子が気になったのは、自然な心の動きであった。
アルラハブはカガリビから教わって火を渡る術を覚えたが、人間は精霊の道を通れない。
「誰か運んでくれればいいんだがなあ」
幻影半島に精霊は少ない。砂漠を吹く風たちは、ケニスやオルデン、そしてハッサンとは仲が良かった。皆がいた間には、遺跡にあるシャキアの工房は賑やかだった。たくさんの精霊が遊びに来ていた。シャキアには全員が見えるわけではない。それでも、空前絶後の精霊だらけの日々であった。
ケニスたちが宿命の旅へと向かい、バンサイも何処かへと去った。デロンの鍵を手放すことは出来ないままである。またいつ誤作動で知らない土地に飛ばされるか分からない。どこかにあるデロンの工房に閉じ込められてしまう危険もあろう。しかし、バンサイは放浪癖のある絵描きだったので、離れられると分かったからには、ふらりと出て行ったのである。
アルムヒートまでの道のりは遠い。旅支度に必要な物を心のうちにあれこれ数え上げながら、シャキアはオアシスの水辺に立っていた。時折、バンサイに貰ったオルデンとの絵姿を取り出し過ぎた日々を思い出す。
離れてはいるのだが、アルラハブが知らせを運んでくるので、オルデンとの交流は保っていた。気まぐれな精霊のことである。頻度はまちまちだ。だが、離れている日々が2人の心をますます近づけていた。相変わらず亀の歩みだ。それでも確実に愛を育んでいたのである。
「戦では、何が起こるか分からないそうね」
シャキアはオアシスの精霊に話しかけた。あまり姿を見せないが、シャキアと交流出来る貴重な精霊である。水の体を持つ大きな鳥だ。
「そうだな。無敗の勇者が呆気なく命を落とすこともある」
「無名の雑兵が大将首をあげることもあるらしいねー!」
飛び出してきたカワナミも会話に加わった。
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