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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
271/311

271 戦禍の子供たち

 エステンデルス騎馬槍隊に所属しているバリーとコンラッドは、草原の様子を伝えて帰って行った。ほんの短い邂逅であったが、今は亡きハッサンや濁って消えた沖風の鳥を懐かしんでいるのだ。その出会いが、エステンデルスに於ける精霊が見える人間や魔法の扱いを劇的に変えたのである。2人にとっては、忘れ難い刹那であった。



「私たちも洞窟に戻りましょうか」

「そうだね」


 ケニスはさっとカーラの唇に触れると、川辺の草地から立ち上がった。もう慌てないカーラも続いて立ち上がる。すると、ケニスはカーラの肩を抱き寄せ、今度はもう少しゆっくり口付けをした。離れ難い温もりを惜しんで、ふたりは柔らかに愛の視線を交わした。



 16歳と言えば、戦さの絶えないこの地域では所帯を持ってもおかしくはない年齢だ。ノルデネリエとエステンデルスが争えば、人の死は必ずある。互いのスパイを疑う疑心暗鬼や悪政による貧困は、嫌が上にも子供達を早く大人にした。


 今はまだ、魔女の心臓やギィのことがある。ケニスとカーラは、その先のことを考えられない。だが、2人が共にあることは、自明のことに思われた。


 ケニスはカーラとの未来を口にすることはなかった。カーラもまた、ギィと砂漠の魔女を消し去ったあとの話は切り出さない。カーラの場合は、考えてもいないようだった。


 精霊は人間とは違う時を生きている。今だけを見ているかと思えば、遠い未来や遥かな過去を見据えたり振り返ったりしているのだ。まして、使命を持って生まれた契約精霊のカーラである。その時々で、ノルデネリエが幸せな道を辿る方へと導くだけなのである。



 コンラッドたちの知らせによれば、隠れ里はエステンデルスの自治区として編入されたという。彼らはルフルーヴ城跡に住んではいるが、特段ルフルーヴ王国を再建しようという思いは持っていなかった。ただ、長い年月を独自の集落として暮らしてきたので、自治は守りたかった。完全なエステンデルスとして国に組み入れられるのには、やや抵抗感が残ったのである。


 その隠れ里でも、ケニスたちと同世代の夫婦はいた。独り立ちの年齢に大きなばらつきがあるノルデネリエと違って、エステンデルスも隠れ里も、社会は比較的安定していた。それでも、ノルデネリエとの諍いで人口は減ってゆく。精神面での成長が早いだけではない。若い働き手が自立を急がされるのも道理であった。



「よう、帰ったな」


 ケニスとカーラが寝ぐらの洞窟に戻ると、入り口でオルデンが乾燥させた薬草を取り込んでいた。サルマンは黙って鏃を研いでいた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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