270 魔女の誤算
森の洞窟に戻ったケニスたちは、知らせを待ちながら精霊たちとの交流を続けた。国境の森は、沖風の精霊が濁って吹き飛ばしたことで、だいぶ狭くなっていた。
ノルデネリエ側の森が浅くなり、抉れた地面には既に新しい草花が生えていた。季節は巡り、冷たい冬を二度超えた。2年の時があっという間に過ぎ、森の緑が鮮やかな花々で飾られる春が来た。獣たちには仔が生まれ、ミツバチは忙しく蜜を集めていた。
バイカモが咲くにはまだ早く、川床で緑の葉が寄り集まって流れに身を任せていた。小魚は茎の間を縫って遊び、ケニスは幼い日を懐かしみながら岸辺に腰を下ろしていた。隣では、カーラが指先を水に戯れさせていた。
「長閑ですなあ」
「心が洗われるようです」
川辺に生える老木に馬をつなぎ、ふたりの槍騎兵がケニスたちに話しかける。エステンデルス騎馬槍隊員、老兵バリーと中年コンラッドだ。ふたりは、墓参りに来ていた。森の精霊たちからハッサンの死を知らされていたのだ。
ルフルーヴ川の役と名付けられたあの日の戦いは、エステンデルス騎兵団の勝利に終わったそうだ。その戦いがきっかけとなり、エステンデルスからは魔法や精霊への偏見が消えて行った。
バリーとコンラッドも魔法を隠す必要がなくなった。恩義を感じて度々森を訪ねてくれる。精霊の友である2人の槍騎兵は、ケニスたちの洞窟も知っていた。
「ノルデネリエも最近は動かないんでしょ?」
カーラがバリーとコンラッドを見上げて言った。
「左様。油断なく備えはしとりますがな」
バリーが答えた。
精霊たちの知らせによれば、ギィはルイズの肉体をうまく扱えていないらしい。ルイズの肉体が子供であるため、予想以上に消耗が激しいのだ。しかし、ルイズは天才であったので、肉体に強化の邪法を埋めていた。それで、早々に身体を滅ぼしてケニスを狙い直すことも出来ないようなのだった。
「魔女の心臓は如何ですかな?」
コンラッドが警戒心を滲ませる。砂漠の魔女が呪いを広めている以上、森も侵食される可能性を考えているのだ。
「森はまだ大丈夫よ」
「魔女の奴は、長い時間をかけて、肉体を捨てて純粋な力になろうとしてるんだと思う」
ケニスは、この2年で集めた情報から仮説を立てていた。
「でも、魔女の核としての心臓からは、まだ逃れられないでいるのよ。もしかしたら、心臓を隠した砂漠から力を外に出すことも出来ないのかも知れないわ」
魔女も自分の邪法に縛られている。人の形を捨てようとして、却って精霊に近くなってしまった。精霊を縛る邪法の応用なので、その道具に使った自らの心臓がある場所に囚われたのだと、カーラは推察していた。
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