269 染まる夕空
鍛冶屋は分厚い手のひらで口元を覆って、少し考える仕草をした。
「充分役に立つんじゃねえか?」
鍛冶屋から、オルデンの提案を歓迎する言葉が出た。
「良いことが起こるんなら、使ってみたらいい」
それを聞いて、ケニスは勢いよく石のベンチから立ち上がった。
ランタンを使う流れを、ケニスが断ち切る。
「カーラは精霊だから危ないよ」
カーラが宥めてケニスを座らせた。
「ここから道を示すだけなら平気よ、ケニー。心配しないで」
カーラはようやく震えがとまり、穏やかな表情になっていた。カーラの余裕たっぷりな態度に、ケニスも安心した。
「ここからなら、大丈夫だね」
「そうよ」
カーラはニコリと微笑むと、伸び上がってケニスの頬にキスをした。
「え、カーラ、なに?」
ケニスは照れて頬を染める。
「何って、キスよ!」
カーラがしてやったりと胸を張る。ケニスはすかさずカーラの背中に手を回し、ぐいと抱き寄せた。
「ちょっと、何よ!」
素早く唇に触れたケニスを、カーラがのけぞって押し返す。
「何って、お返しのキスだよ!」
鍛冶屋は仏頂面で部屋の隅に向かい、手早く支度をした。革の長衣をしっかりと着込んで、皆に一瞥をくれると表の扉を開いた。外からは夕べの風が涼しく吹き込んできた。まだいくらか明るい空は、淡く桃色がかって広がっている。ケニスは、俄かな希望が胸のつかえを洗い流してくれるように感じた。
「それじゃ、火口箱、留守をよろしくな」
「おう」
「カーラ、ひとつ頼まあ」
「いいわよ」
カーラは戸口まで立って行き、ランタンを振る。虹色の光が踊るように道を描く。
「あっちに何かあるわ」
「よし、わかった」
「じゃあな、魔女に気をつけろよ」
ランタンが示す方へと行先を決めた鍛冶屋に、オルデンが声をかけた。鍛冶屋はヘッと笑って手を上げる。
「何世代ここで暮らしてると思ってんだ」
「はは、ちげえねえ」
「それでも、気をつけて」
念を押すケニスの肩を、鍛冶屋の革手袋がポンと叩いた。そのまま、がっしりとした背中を見せて、鍛冶屋は星の出始めた砂漠へと入って行った。
「俺たちは一旦森に戻るか」
「そうねえ。ここにいたってすることないもの」
鍛冶屋を見送ると、オルデンが気楽な様子で言い出した。カーラも賛成のようだ。
「そうしよう。アルラハブ、鍛冶屋が帰ったら知らせてくれる?」
ケニスは、火口箱の隣りでゆらゆらしていたアルラハブにお願いした。
「お安いご用さ。火口箱、よろしくな。俺は一旦あっちに帰るぜ」
一連の話をサルマンにもかいつまんで伝えると、一行は森の洞窟へと足を速めた。アルラハブはシャキアのいるオアシスの工房へと帰ってゆく。火口箱からの知らせがあれば、オルデンたちの焚き火に現れてくれるのだろう。
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