266 魔女の気配
この集落は、遥かな昔に精霊を庇って邪法から逃れた人が作ったのだという。かつては、もう少し水の近くにあったそうだ。南の砂漠には、地下水が染み出す谷間や、雨期に水が溜まる窪地もあるのだ。
邪法使いが来る前には、人々は水の近くに住んでいた。そうした場所に、今では魔女の手下が住み着いているという。
先祖たちは優秀な魔法職人で、精霊なしでもある程度は邪法を防げた。さまざまな工夫をして、邪法を退ける道具を作っていたのだ。邪法の道具を砕くための弓や投石器は、強化した。身を隠す魔法の道具や、逆に見破る魔法の道具も発達した。
しかし時代と共に邪法使いが増えると、精霊を守りきれなくなってきた。
同時に、魔女の力がじわじわと砂に染み渡っていった。南の砂漠に隠された砂漠の魔女の心臓から、邪悪な気配が漏れ出しているのだ。精霊たちは森の方へと逃げてゆき、集落も徐々に水場から遠ざけられて行った。
「デロンが来て安全になったから、この場所からは動いてねぇんだ」
「なるほどねえ。そんな歴史があるんだな」
オルデンは感心して姿勢を正した。
「心臓の場所に心当たりはないの?」
カーラは、隠れ里にいた語り手から聞いた歌を披露して、鍛冶屋に手掛かりを求めた。
「古いまじないうただな」
「何のお呪いだか解る?」
「失くし物を探すときに、昔の人が歌ったそうだ」
「なんだ、案外そのまんまだな」
オルデンはやや落胆した。
「正しい歌い方は失伝しちまってるから、もう効力はねぇんだ」
「昔は物を見つけられたの?」
鍛冶屋の説明に、カーラは興味を示した。
「魔法使いなら見つけられたらしいぜ」
「魔法使いなら」
オルデンが腕を組む。
「試してみるか」
「何か思いついたのね?」
「なに、歌に魔法を込めてみるってだけだぜ」
「おい、外に出てやってくれよ」
鍛冶屋が慌てて牽制した。魔法を伴う実験だ。事故が起きれば被害はきっと大きい。大切な工房でやられたら敵わない。
鍛冶屋に礼を告げた一行は、集落から離れてまじないうたを試してみた。初めはオルデンだけが、途中からはカーラが加わる。
「引っ張られそうだわ!」
何度か歌ううちに、砂漠に充満した魔女の力が道を作ったようだ。精霊は力の中心へと引き寄せられてしまう。弱い精霊なら、道がなくても砂漠に残る邪法の力で引き寄せられる。砂漠の魔女は、心臓だけになっても強力な魔法使いだったのだ。
カーラのように強い精霊ですら、攫われそうになるほどだった。カーラの虹色が激しく瞬く。火の粉が飛び散り、瞳はチカチカと点滅していた。ガシャン、とランタンが手から離れた。
お読みくださりありがとうございます
続きます




