265 デロンの友達
煌塩をきっかけにして、カーラは事の始まりからハッサンの死までを掻い摘んで語った。ケニスの顔には、時々苦痛が走る。その度にカーラは手を握り、背中を摩り、緑の髪を優しく撫でた。
「それで、ここは何なの?」
カーラは語り終えて話を戻した。
「大昔にな、砂漠の魔女を匿う連中から逃げてきたのさ」
鍛冶屋は仏頂面を崩さずに述べた。
「森まで逃げなかったのは何故?」
「さあな。砂漠で生まれたご先祖たちだからかな」
「砂漠の精霊たちはここにいるの?」
「いるぜ」
「ここ、どうして安全なのよ?」
オルデンとサルマンもそれが知りたかった。ケニスも僅かに身じろぎをした。
火口箱の精霊が自慢気に炎を揺らす。
「この家は、デロンの工房だったのさ!」
「え?精霊大陸では、デロンて国境の森に住んでたって聞いたけど」
カーラが疑問を口にする。
「デロンは珍しい素材を手に入れたらすぐ加工したくて、あちこちに工房を構えててな。鍵を使って自由に行き来してたんだよ」
「だいたいは廃墟になっちまったと思うけどな」
火口箱の精霊の話に、鍛冶屋が付け加えた。
「俺の先祖は留守番役だったんだ」
「あら、デロンの工房なら留守番なんかいらないでしょ」
カーラは疑う。
「そりゃそうなんだが、気が合ってたらしくてな」
「コイツの先祖が、枯草鋼の加工をデロンに教えてやったのさ」
「坊主も枯草鋼で作られたもんを持ってるみてぇだから知ってんだろうが、枯草鋼には精霊が宿り易いんだ」
「デロンの籠にはうってつけの材料ってわけさ」
鍛冶屋と火口箱の精霊が補い合いながら当時を語る。
「最初は先祖が工房を貸してたんだ。お礼にって、火口箱を置いてったんだと」
「その後も時々遊びに来て、いつの間にか工房は魔法でいっぱいになってな」
「工房どころか、この集落全体を守る壁まで出来てた」
「もう爺さんだったから、そのうち来なくなったのさ」
カーラを隠すために、魔法の町を作ってしまったデロンである。川底に呑まれた町の規模を思えば、この集落に邪法を防ぐ魔法を施すことくらい朝飯前だったのだろう。
鍛冶屋がカーラのランタンに目を止める。
「そりゃ、デロンの遺作だな」
「俺の火口箱とおんなじ枯草合金だよな!」
カーラのランタンには、ヴォーラと同じ貴重な金属が使われているようだ。藍色に塗られているため、今まで分からなかった。
「枯草合金て何よ?」
「枯草鋼と、海の向こうから持って来た幻影銅を混ぜ合わせた金属だよ」
「ふうん?」
「扱いが難し過ぎて、いまだにデロン以外の手には負えないんだがな」
カーラの眼は嬉しそうに瞬いた。
「デロンは凄いのよ!」
「そうだな」
鍛冶屋も先祖の友達が褒められて、満足そうに目を細めた。
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