264 デロンの遺した火口箱
鍛冶屋の家に入ると、横長に作られた石のテーブルへと案内された。
「かけなよ」
ぶっきらぼうに言って、鍛冶屋は自分も石のベンチに座る。向かい合わせに一同が座る。
「あんた、契約精霊だな」
「おじさん、契約精霊知ってるの?」
「まあな」
鍛冶屋は腰に提げた革袋から、枯草色の火口箱を取り出した。四角い金属製の小さな箱は、火傷と豆で分厚くなった鍛冶屋の手の中に収まっている。
「出てこいよ」
鍛冶屋が呼び掛ければ、火口箱から真っ赤な火の粉が飛び出した。石のテーブルに落ちたその火の粉は、たちまち膨らんで精霊となった。身体に炎を纏った少年の姿である。赤い髪は足元まで伸びて、毛先が燃えている。身の丈は鍛冶屋の手のひらほどだった。
「よっ!お仲間さん」
「あんた、大丈夫なの?」
カーラが驚きに声を上げた。ケニスの目も見開かれた。
「デロンの遺した籠を舐めんなよ?」
火口箱の精霊は、荒っぽい仕草で胸を叩いて自慢する。
「本体は元気なのね?」
「ああ。ほれ」
火口箱の精霊が腕を上げると、炎の先からアルラハブが現れた。オアシスの外れにある遺跡で、デロンの遺した竈で生きる炎の精霊である。オルデンの想い人シャキアと組んで、今はカンテラを生み出す役目を担っていた。
「胸糞悪ぃ場所に呼び出しやがって」
アルラハブは、現れるなり文句を言った。
「本体、ここは安全だぜ」
「欠片、何の用だよ」
「虹色の嬢ちゃんに、本体は元気かって聞かれたからよ」
アルラハブは燃え盛る頭を巡らせ、カーラたちを認めた。
「魔女の心臓って奴は見つかったのか?」
仲良しのカガリビから状況を聞いていたアルラハブは、すぐに質問をした。
「まだだ」
オルデンが答えた。鍛冶屋はグッと唇に力を込めた。
「何か知ってそうじゃねえか?」
オルデンは鍛冶屋の表情を見逃さなかった。
「砂漠の魔女について、知ってることを教えてくれ」
「旦那、教えてやんなよ」
火口箱の精霊は、ピョンと跳ねるとオルデンの額に触れた。白い光が溢れ出る。続いて触れるケニスの額からは、鮮やかな赤色が輝いた。それに反応したのか、ケニスのポケットも煌々と光る。
四年前から入れっぱなしの、地底湖で貰った煌塩である。何もしなくとも赤く光り、塩でありながら炎を上げて燃える魔法の物質である。服を洗濯しても溶けることなくそこに留まっていた。
「なにが入ってんだ?」
火口箱の精霊は、気を散らしてケニスのポケットに注目した。ケニスの瞳には微かな生気が戻り、ポケットから煌塩を取り出す。だが、口は開かない。まだハッサンを失って生まれた憎しみに抗っているのだろう。
「イーリスとなった炎を吐いた、賢い龍パロルの寝床にある不思議な塩よ」
「地底湖の辺にいる精霊たちは、煌塩て呼んでる」
サルマンと鍛冶屋は物珍しさに顔を近づけて繁々と赤い塩を眺めた。
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