260 砂の知らない空の下
元より拝金主義のタリクは吹き飛ばされて、遠くマーレン大洋沖の波間に消えた。愛し守るべきものが出来て力に頼り邪法に溺れたラヒムは、親友を裏切った為に身を滅ぼした。名前を持たない沖風の精霊の暴走に巻き込まれたのだ。
マーレン大洋沖風の精霊は、灰色の烏に似た巨大な鳥の姿をしていた。気ままで少々荒っぽい精霊だった。硬い絆で結ばれたハッサンを失って、仇であるラヒムへの怒りで濁り、自らは爆散してしまった。
カーラとケニスも、憎しみに染まれば濁って消える。2人が持つ力の大きさを考えれば、国一つは楽に消し飛ばしてしまうだろう。
「そんなの、分かってたよねー?前から」
カワナミは笑っている。
「カワナミ、あんたもここまで?」
カーラは怒ることなく静かに聞いた。
「んー、まあ、多分そうなるかなー。アハハッ、なんだか強く引っ張られる感じで嫌なんだよー!」
「そうか。カワナミ、気をつけろよ」
「うん!オルデンもねー!」
カワナミは最後にパシャンと水を飛ばしてから、空気の中に溶けてしまった。
カワナミも行ってしまった。辺りに精霊の気配はしない。
「魔女の呪いが解けたら、また来るだろ」
「そうね」
オルデンは動じない。カーラも落ち着いていた。ケニスはどこか複雑な思いで、カワナミの消えた空間を眺めていた。
精霊が見えないサルマンは口を真一文字に引き結び、陽炎の立つ真夏の砂漠を見渡した。それから深く澄んだ青空を仰ぎ、サルマンは故郷の砂漠を思い出していた。
「さて、先ずは枯草鋼を扱える刀鍛冶を探さねぇとな」
オルデンが一歩踏み出した。ケニスは無表情に戻って後に続く。カーラは慌ててケニスの手を握った。無反応のケニスは、握り返すこともなく脚を動かしていた。
「誰も知らない砂の下、砂の知らない空の下」
カーラがふと思い出して呟いた。
「果たして本当にそんな歌があんのかね」
「わからないわ。でも、魔法の気配がある歌よね」
「あの語り手が毒を仕込んだ犯人なら、呪いの歌かも知れねぇなあ」
「秘密をわざわざ教えないわよねえ」
オルデンとカーラの疑惑を聞いているのかいないのか、ケニスの表情は変わらない。
「でも、出鱈目なんか教えても砂漠の近くにいる精霊が、私たちに告げ口しちゃうのにね」
「カーラ、その通りだ」
オルデンはハッとしてカーラを見た。
「俺たちが精霊と仲が良いことは、隠れ里の連中にもすぐに分かってたからな」
「信用させる為に、わざと本当の歌を教えたのかしら」
「あり得るぜ。どのみち怪しい薬で俺たちはお陀仏、って寸法だったしな」
カーラは、ケニスと繋いだ手に思わず力を込めた。
「ふふっ、手がかり、貰っちゃったのね」
オルデンはニヤリと頷き、ケニスは微かに指を動かした。
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