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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第一章 国境の森
26/311

26 エステンデルスの龍殺し

 ジャイルズはその時の様子を思い出したのか、賢い龍と同じようにぶるっと身震いした。


「何がどうなったのか、実はよく覚えてねえんだ。目の前にこの剣がまた転がってて、咄嗟に拾ったんだ」


 ジャイルズは再び剣を鞘に収める。


「人喰い龍の尻尾だの、道や壁から剥がれた石だのが目の前に来て、気がついたら切り刻んでて」


 無我夢中で目の前に迫るものを弾き返そうとして、たまたま枯草鋼の不思議な剣を振り回したのだ。


「最後には、人喰い龍が死んでたのさ。もともと喉が切れてたし、万が一急所が他にあったとしても、偶然切ってたんだろうぜ」



「その剣の元の持ち主は探したのか?」

「一応はな。生き残りなんざたいしていねぇからよ。聞いて回ったよ」


 元の持ち主は、剣を取り落としてしまったのかも知れない。


「鞘と帯は鍛冶屋に頼んで作ってもらった」

「そうか。ジャイルズは今でも村に住んでるのか?」

「まあな。城から逃げた連中も一緒になって、生き残りが村でなんとかやってる」



「それで、農民がなんでこんな山奥まで狩りに来た?」


 賢い龍は、元々疑問に思っていたことをようやく尋いた。


「それがさ。城の連中、けっこう数がいんのよ」

「ほう。生き残りが多いのか?」

「城にいた数を考えるとだいぶ死んじまったけどな」

「そうか」

「そんで、焼け残った畑と川の魚じゃ食いもんが足りなくてよ」


 城から飛んできた火の粉で草原が焼け、畑もかなり焼けてしまったらしい。


「交代で狩に出てんだけど、なかなか上手くいかねぇ」

「慣れるまでは難しかろう」

「まあな。俺のこと、みんなエステンデルスの龍殺しだなんて煽てやがって、当番増やされてんだけどな」

「なんだ、狩は押し付け合いか。押し付けられたのか」


 龍はジャイルズを揶揄う。


「はあ、そんなとこだ。俺、毎回、何かしらは捕まえてくかんな」

「それは凄い。空手で帰ることがないのか」

「運がいいんだよ、ちっちぇ時からな」

「枯草鋼の剣まで拾ったくらいだ。それは大した強運の持ち主だぞ」

「ははっ、こうして爺さんにも会えたしな」

「なに?爺さん?私のことかね?」


 賢い龍の機嫌が悪くなる。



「私は生まれて100年程度、ようやく鱗が生えそろった若造だぞ」

「へええー、たまげた。人間なら俺とたいして変わんねぇのかよ」

「そうだな」

「そしたら()ンちゃん、名前(なめ)ぇはあんのかい」

「ただ龍と呼ばれている」

「せっかくこうして話も出来たのになぁ。ただ龍じゃあ、ちょっとな」

「好きに呼べ。私は別に何でも構わないぞ」


 龍は名前に興味が無さそうだった。


「そうかい?そしたら、兄ンちゃん喋るから、言葉(パロル)でどうだい?」

「まあ、なんとでも呼べ」


 賢い龍は、まんざらでも無さそうに少しだけ鼻を膨らませた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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