259 南の砂漠
それからのことを、ケニスはあまり良く覚えていない。ぼんやり進み、自動人形のように手を動かして食べ物を口に運ぶ。そんな日々であった。再び森を離れて草地から荒地へと変化する風景も、眼には映るが認識はしていなかった。
カーラは常に寄り添って、なにくれとなく話しかけていた。それもケニスは生返事ばかりで、本当には聞いていなかった。
「ケニー、砂が多くなって来たわよ。もうすぐ魔女の呪いが始まるわ」
隠れ里にいた女性は怪しい語り手だったとはいえ、砂漠に精霊が寄り付かないのは事実だった。それを砂漠の魔女の呪いと呼ぶのも確かなことであった。カーラはケニスに警戒を促した。だがケニスは、虚な顔で頷いただけであった。
「オルデン」
枯草の精霊が、細い藁の手でオルデンの頬をつつく。
「ん、なんだ?」
「この先着いてったら、消えちゃう」
「そうか。悪かったな」
「いいよ。別に」
「カワナミにでも頼めば、幻影半島に帰れるか?」
「うーん、わかんないや」
「聞いてみな」
オルデンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「いいって。洞窟気に入ったし、あそこで待ってる」
「そうか?枯草にゃ、あすこはちいとばっかし湿っていすぎねぇかな」
枯草の精霊は、乾燥した砂漠地方の出身である。森の中の洞窟は、水場より乾いているという程度だ。
「大丈夫だ。森の風たちとは仲良くなったからね」
「乾かして貰うのか」
「そう。陽当たりの良い場所も教わった」
「まあ、好きにしたらいいさ」
「うん。好きにする」
言うなり枯草の精霊は、オルデンの肩から飛び降りる。軽くて細い枯草の精霊を、その辺りにいた風の精霊が受け止めてくれた。そのまま風に乗って森へ向かう枯草は、ひらひらと皆に手を振った。
「行っちゃったわね」
「なに、洞窟に住み着くんだから、また会える」
オルデンが温かみのある声音で言うと、ケニスがピクリと反応した。オルデンは、しまったと言う顔をする。
ハッサンには、もう会えない。2度と会えないのだ。
「根っこを断つのよ、ケニー」
カーラが目を吊り上げて、行手に広がる砂漠を睨む。国境の森、その南にある砂漠地方だ。邪法の気配が濃厚に漂って来る。
「沖風の鳥は濁って消えてしまったわ」
カーラが改めて現実と向き合う。ケニスの瞳が大きく虹色に見開かれる。
「私は精霊よ。ケニーにも同じ精霊の力が流れているのよ」
苦痛に歪むケニスの背中を優しく労りながら、カーラは淡々と続ける。
「私たちも、濁ったら爆発するみたいに消えるんだわ」
ケニスはカーラに、怯えた目を向けた。
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