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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
259/311

259 南の砂漠

 それからのことを、ケニスはあまり良く覚えていない。ぼんやり進み、自動人形のように手を動かして食べ物を口に運ぶ。そんな日々であった。再び森を離れて草地から荒地へと変化する風景も、眼には映るが認識はしていなかった。


 カーラは常に寄り添って、なにくれとなく話しかけていた。それもケニスは生返事ばかりで、本当には聞いていなかった。


「ケニー、砂が多くなって来たわよ。もうすぐ魔女の呪いが始まるわ」


 隠れ里にいた女性は怪しい語り手だったとはいえ、砂漠に精霊が寄り付かないのは事実だった。それを砂漠の魔女の呪いと呼ぶのも確かなことであった。カーラはケニスに警戒を促した。だがケニスは、虚な顔で頷いただけであった。



「オルデン」


 枯草の精霊が、細い藁の手でオルデンの頬をつつく。


「ん、なんだ?」

「この先着いてったら、消えちゃう」

「そうか。悪かったな」

「いいよ。別に」

「カワナミにでも頼めば、幻影半島に帰れるか?」

「うーん、わかんないや」

「聞いてみな」


 オルデンは申し訳なさそうに眉を下げた。



「いいって。洞窟気に入ったし、あそこで待ってる」

「そうか?枯草にゃ、あすこはちいとばっかし湿っていすぎねぇかな」


 枯草の精霊は、乾燥した砂漠地方の出身である。森の中の洞窟は、水場より乾いているという程度だ。


「大丈夫だ。森の風たちとは仲良くなったからね」

「乾かして貰うのか」

「そう。陽当たりの良い場所も教わった」

「まあ、好きにしたらいいさ」

「うん。好きにする」


 言うなり枯草の精霊は、オルデンの肩から飛び降りる。軽くて細い枯草の精霊を、その辺りにいた風の精霊が受け止めてくれた。そのまま風に乗って森へ向かう枯草は、ひらひらと皆に手を振った。



「行っちゃったわね」

「なに、洞窟に住み着くんだから、また会える」


 オルデンが温かみのある声音で言うと、ケニスがピクリと反応した。オルデンは、しまったと言う顔をする。


 ハッサンには、もう会えない。2度と会えないのだ。


「根っこを断つのよ、ケニー」


 カーラが目を吊り上げて、行手に広がる砂漠を睨む。国境の森、その南にある砂漠地方だ。邪法の気配が濃厚に漂って来る。


「沖風の鳥は濁って消えてしまったわ」


 カーラが改めて現実と向き合う。ケニスの瞳が大きく虹色に見開かれる。


「私は精霊よ。ケニーにも同じ精霊の力が流れているのよ」


 苦痛に歪むケニスの背中を優しく労りながら、カーラは淡々と続ける。


「私たちも、濁ったら爆発するみたいに消えるんだわ」


 ケニスはカーラに、怯えた目を向けた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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