258 優しい男
警戒を解いていたハッサンの背中につけられた傷は、とても深い。邪法の力が上乗せされた一撃は重すぎた。
「なんで」
理解できないハッサンだった。この傷を付けたのは、親友で兄弟弟子のラヒムなのである。タリクの曲刀を拾って、無防備な背中を裂いたのだ。
4年も会っていなかった。ハッサンは経験豊富な船の護衛だ。護衛たちが金で動くことはよく知っている。万が一は考えていた。だが、せいぜい情報を売る程度だろうと甘くみていたのである。
サダを継いだハッサンは、少年の日にアルムヒート港でタリクと出会った。程なくしてタリクは、黒い縮毛に真っ黒な眼をした孤児を連れてきた。
「海賊に親をやられた船乗りの子だ。船長から任されてな。今日からハッサンのおとうと弟子になる」
タリクは簡単に説明をした。
「俺、ハッサン。お前は?」
「ラヒム。お前、変な目だな。髪も薄い色だしよ」
「変じゃねえよ。親に似てんだ」
「ハッサン、親、いんのか?」
「死んだけどな」
「俺もだ」
それからはずっと3人だった。ハッサンには妹のヤラがいた。幼馴染の恋人パリサもいた。だが、海の上でタリクとラヒムと3人で過ごす時間が一番長く濃かったのである。
「悪いな。ノルデネリエに大事なもんが出来ちまってよ」
ラヒム。優しさを現す名を持つ者。彼の優しさは、ノルデネリエに出来た大切な家族にだけ向けられるようになってしまったのだろうか。
「怪我も、嘘、か」
「精霊王朝の王子が2人も居るって言うじゃねぇか」
「違う」
「嘘つくな。まあ、派手な怪我してもチョチョイと治してくれると思ったんだがな」
「無理矢、理、治し、たら、命が」
「ケチくせぇこと抜かしてんじゃねぇよ」
ラヒムが酷薄に笑う。ハッサンは深手に耐えきれず、傍の木に寄りかかった。
「ケニスたちに、頼、れよ」
「俺の嫁さん、精霊派の薬師なんだ。大きな菫色の瞳が愛らしいんだぜ」
夢見るようにラヒムが囁く。
「目を、醒ませ」
「娘はな、俺に似て浅黒くってよ。ノルデネリエ人は真っ白だからな。ちょっと可哀想だ」
「娘、っ、ために」
「いい暮らしをさ、させてやりたいだろ?親なら」
その為には親友の背中をも切り裂くのか。ハッサンは弱々しく笑った。
「ひでぇな」
「もう逝きなよ」
ラヒムは薄く笑って、無理矢理精霊の力を乗せた曲刀を振りかざす。
「精霊の力って、すげぇんだな!タリク師匠の気持ちが良く解るぜ」
「無理矢理、なんか、そんな、の」
今度は正面から斬られたハッサン。ごぼりと血を吐き倒れ伏す。
逃げているケニスたちに、凄まじい風が襲った。荒れ狂う風で森の一部が吹き飛んだ。
「鳥のやつ」
オルデンは呟き、カーラは青褪めた。
「濁ったんだわ」
「ハッサンが死んだ」
4年の時を共に過ごし、師と仰いだハッサンの気配が消えたのである。ケニスは顔色を無くして、ただぼんやりと移動を続けた。
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