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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
257/311

257 裏切りの森

 ハッサンの曲刀サダに宿る幸運の精霊が邪法の道具を少し欠くことはできた。だが、焼石に水だ。邪法使いの魔法を吸い取る道具に阻まれ、タリクから幸運を奪うことは出来なかった。


「ちいっ」


 頬をタリクの凶刃が掠り、ハッサンは舌打ちをひとつ。受ける刀に翳りが見えた。風が止まった。


(何だ?)


 しん、と森が鎮まりかえる。草木の葉は、力無く垂れ下がった。危険を犯してハッサンの加勢をしていた森の風たちが、すっかりなりをひそめていた。


(クソ、こっちは素の力だけってか?)



「ケニー?てめえ、逃げなかったのかよ!」


 ハッサンが叫ぶ。曲がった刃と刃の間に、直刀が飛び込んだのである。


「人間の部分で戦える!」

「精霊の部分で眠っちまってたろ!」

「ケニー、死に急ぐんじゃねぇ!」


 オルデンが追いついて、三つ巴の剣戟に割って入る。カーラは離れたところから様子を伺っていた。



「えっ?」


 2つの曲刀を分けようとしていたヴォーラの刃がこぼれた。銘文にも傷が入る。幸運の力を封じられ、白い光が弱まり消えた。


「枯草鋼の加工は砂漠の魔法鍛治にしかできねぇんだ!とにかく砂漠へ行くぞ!」


 オルデンはケニスを抱き抱えて戦線を離れた。後ろ髪を引かれながらも、ハッサンを残して南の砂漠を目指す事にしたのである。ヴォーラをこれ以上傷つけられる訳にはいかないのだ。


「ヴォーラが使えるようになる迄は、我慢だ」


 ケニスは涙を溜めて歯を食いしばる。そして小さく頷いた。



 精霊たちから異常なまでの力を引き出したタリクの刀が、サダを砕く。オルデンに危機を知らせた沖風の精霊は、ハッサンに説得されて一度はマーレン大洋の沖へと退避していた。だが、サダが砕かれたのを感じると、精霊は大きく羽ばたいた。海上を一直線に滑って、国境の森へと舞い戻る。精霊も魔法も力を盗られる道具に抗い、沖風の精霊が枝葉を分けて突き進む。目が鋭く光った。


 ヴォーラでさえ傷を付けられる邪法の刀は、名前を持たない沖風の精霊には強敵である。しかし、仲良しのハッサンが絶体絶命なのだ。なりふり構ってはいられない。鳥の姿の精霊はあらんかぎりの力で、邪法使いとタリクをマーレン大洋の真ん中まで吹き飛ばした。限界超えの暴風だった。


 後には、邪法の道具とタリクの剣が落ちていた。ハッサンはふうっと大きく息を吐いて、粉々になったサダの欠片を悲しそうに見下ろした。



「かはっ」


 ハッサンは、突然棒立ちになる。背中から曲刀で袈裟がけに斬られていた。タリクの剣を拾ったラヒムである。刀から立ち昇る毒々しい極彩色の光で、怪我は完治したようだ。顔や腕についていた傷口が綺麗に塞がり消えている。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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