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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
256/311

256 逃げろ

 タリクが一言嘯きハッサンに踊りかかった。ハッサンはスラリとサダを抜く。抜いた刀でタリクの初撃を受け流す。そのまま剣戟になった。ハッサンは押された。受けるばかりで攻撃の隙を見つけることが出来なかったのだ。まるで歯が立たない。


 あわや斬られるかという瀬戸際、ごおっと激しい風音が鳴った。森の精霊たちが知らせたのか、灰色の巨大な烏にも似た沖風の精霊が飛んできたのだ。


「鳥公っ、オルデンに知らせろ!」

「任せろ!」


 沖風の精霊は、焚き火の番をしていたオルデンに知らせに急いだ。洞窟では、ちょうど目を覚ましたケニスとカーラがまだ眠そうに目を擦っていた。



「逃げろ!」


 洞窟の外から精霊は叫んだ。


「扉を叩く者タリクは、叩いては行けない扉を叩いた!」

「どういう意味だ?」


 オルデンが聞くと、沖風の精霊はもどかしそうに尾羽をくるくると回した。


「タリクが邪法に堕ちて、ハッサン1人じゃ歯がたたねぇ」

「何だって?」

「精霊を操る石を使って、一振りの刀に無理矢理多くの力を載せてるんだ」

「そいつぁ」


 弾かれたように立ち上がり、鳥を追うオルデン。洞窟を飛び出し端に中の皆に指示を飛ばした。


「お前らは逃げろ!」



 カガリビが目を覚まして、オルデンを引き留めた。


「オルデンもにげろ。俺たちに任せろ」


 カワナミはゲラゲラ笑ってオルデンの頭の周りを飛び回る。


「オルデン、人は殺せないでしょ!」


 国境の森に住む枯れ葉の精霊が、足元からカサついた声を上げた。


「あいつらは何度も同じことするから、相手をしてたらキリがない」


 それを受けてカガリビが言う。


「むしろ、きっちり息の根を止めねぇとダメだ」



 オルデンは、諭すように精霊たちに告げる。


「お前らこそやめとけ。濁るぞ」


 カーラが口を出した。


「精霊はやりたいようにするわよ」


 ケニスはカーラの意見に乗った。


「憎いわけじゃないから大丈夫だよ」


 オルデンはゾッとした。


「ケニー、人の心を忘れんな」


 オルデンがケニスに言い聞かせると、鳥の姿で羽ばたく沖風の精霊は切実に訴えた。


「頼むから逃げてくれ!」



 皆が洞窟の入り口で揉めていると、カーラのランタンが瞬いた。虹色の炎は、現場と逆に虹色の光を投げる。カーラがじっとランタンに見入った。ケニスは心配そうにカーラの手を握った。


「カーラ?」

「鳥の言う通りみたいね。今行ったら無駄死によ」

「オルデンは強い」


 カワナミが笑う。


「アハハ!相手は邪法使いだよ!カーラとケニーが縛られちまったらどうすんのさ」


 オルデンが苦い顔をする。


「クソッ、その通りだ」

「悔しいけど逃げるしかないわ」


 オルデンはケニスの目を見て告げた。


「ケニス、砂漠に向かえ」

「デンは?デン、どうするの?」


オルデンはケニスとカーラの肩を掴んで、砂漠の方面へと押し出した。


「ハッサンひとりにゃ荷が重すぎるぜ」

「デン!」

「いけ!今、精霊は足手纏いだ!」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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