256 逃げろ
タリクが一言嘯きハッサンに踊りかかった。ハッサンはスラリとサダを抜く。抜いた刀でタリクの初撃を受け流す。そのまま剣戟になった。ハッサンは押された。受けるばかりで攻撃の隙を見つけることが出来なかったのだ。まるで歯が立たない。
あわや斬られるかという瀬戸際、ごおっと激しい風音が鳴った。森の精霊たちが知らせたのか、灰色の巨大な烏にも似た沖風の精霊が飛んできたのだ。
「鳥公っ、オルデンに知らせろ!」
「任せろ!」
沖風の精霊は、焚き火の番をしていたオルデンに知らせに急いだ。洞窟では、ちょうど目を覚ましたケニスとカーラがまだ眠そうに目を擦っていた。
「逃げろ!」
洞窟の外から精霊は叫んだ。
「扉を叩く者タリクは、叩いては行けない扉を叩いた!」
「どういう意味だ?」
オルデンが聞くと、沖風の精霊はもどかしそうに尾羽をくるくると回した。
「タリクが邪法に堕ちて、ハッサン1人じゃ歯がたたねぇ」
「何だって?」
「精霊を操る石を使って、一振りの刀に無理矢理多くの力を載せてるんだ」
「そいつぁ」
弾かれたように立ち上がり、鳥を追うオルデン。洞窟を飛び出し端に中の皆に指示を飛ばした。
「お前らは逃げろ!」
カガリビが目を覚まして、オルデンを引き留めた。
「オルデンもにげろ。俺たちに任せろ」
カワナミはゲラゲラ笑ってオルデンの頭の周りを飛び回る。
「オルデン、人は殺せないでしょ!」
国境の森に住む枯れ葉の精霊が、足元からカサついた声を上げた。
「あいつらは何度も同じことするから、相手をしてたらキリがない」
それを受けてカガリビが言う。
「むしろ、きっちり息の根を止めねぇとダメだ」
オルデンは、諭すように精霊たちに告げる。
「お前らこそやめとけ。濁るぞ」
カーラが口を出した。
「精霊はやりたいようにするわよ」
ケニスはカーラの意見に乗った。
「憎いわけじゃないから大丈夫だよ」
オルデンはゾッとした。
「ケニー、人の心を忘れんな」
オルデンがケニスに言い聞かせると、鳥の姿で羽ばたく沖風の精霊は切実に訴えた。
「頼むから逃げてくれ!」
皆が洞窟の入り口で揉めていると、カーラのランタンが瞬いた。虹色の炎は、現場と逆に虹色の光を投げる。カーラがじっとランタンに見入った。ケニスは心配そうにカーラの手を握った。
「カーラ?」
「鳥の言う通りみたいね。今行ったら無駄死によ」
「オルデンは強い」
カワナミが笑う。
「アハハ!相手は邪法使いだよ!カーラとケニーが縛られちまったらどうすんのさ」
オルデンが苦い顔をする。
「クソッ、その通りだ」
「悔しいけど逃げるしかないわ」
オルデンはケニスの目を見て告げた。
「ケニス、砂漠に向かえ」
「デンは?デン、どうするの?」
オルデンはケニスとカーラの肩を掴んで、砂漠の方面へと押し出した。
「ハッサンひとりにゃ荷が重すぎるぜ」
「デン!」
「いけ!今、精霊は足手纏いだ!」
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