251 侵入者
ケニスたちを眠らせたお菓子を渡した語り手だ。薬にもなにか細工がされていることは、充分考えられる。
「それが良いだろうな、オルデン」
「薬も怪しいよな」
薬の処分を提案したオルデンに、ハッサンとサルマンは賛成した。オルデンはケニスが地面に置いた小袋を手にすると、立ち上がって洞窟を出てゆく。ハッサンも後につづいた。サルマンは、子供たちをちらりと見やってから、難しい顔で炎を見た。留守番をしてくれるようだ。
「俺たちも眠くなって来たな」
カガリビがアルラハブに言った。2人の炎は弱くなっている。
「カワナミはすぐに力を吸われちまったなあ」
「カワナミは若いからな」
隠れ里で渡されたお菓子には、精霊の力を吸い取るものが混ぜ込まれていたのだ。匂いを嗅いだだけでも影響が出る強力な薬だ。カーラは勿論のこと、ケニスにも精霊の血が流れている。ここで無事なのは、純粋な人間であるオルデン、ハッサン、サルマンだけであった。
「油断したな」
「知らない毒だな」
カガリビとアルラハブの語尾が次第にむにゃむにゃと不明瞭になってゆく。やがてふたりは焚き火に紛れて姿を隠してしまった。眠ったのだ。
薬の処理をしたオルデンとハッサンは、川で手や顔を洗った。そこから斜面を登って張り出した下枝を潜り抜けて行けば、寝ぐらの洞窟に着くまで然程時間はかからない。
「流れる水ってなぁ、良いもんだな」
ハッサンは手を振って水を切りながらさっぱりした顔をする。
「だな。魔法で川は作れるけど、自然の流れは思いもよらない動きを見せるからなあ」
オルデンはしみじみと言った。
「頭ん中に収まることなんざ、ちっちぇえよ」
「へーえ、オルデンほどの魔法使いでも自然には敵わねぇのかよ」
「敵うわけねぇ。自然はでけぇし、長い時を経て積み重なった森の叡智は深ぇからな」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだぜ」
2人は川から離れて、ほど近い寝ぐらへと足を向けた。その時、梢渡りの風の精霊が高い木のてっぺんから滑るように降りて来た。この精霊は、緑色でムササビのような姿をしている。
「オルデーン!血だらけの人が近くに倒れてるよ!どうするー?」
寝ぐらの側で見慣れない人間を見つけると、精霊たちはいつもオルデンに知らせてくれた。滅多にないことではある。だが、油断は禁物だ。人違いで命を狙われているオルデンは、ここに住んでいることを知られてはいけない。
迷い込んできた招かれざる客は魔法で森の外へと移動させ、オルデンと出会わないようにしてきた。しかし、今回は血だらけだという。大怪我をしている為に、精霊たちはそのまま移動させるのを躊躇したのだろう。
お読みくださりありがとうございます
続きます




