250 眠気
アルマディーナの人々は、地味で大人しく暮らしている。シャキアがお祝い用のカンテラを創るまで、カンテラにも飾りはなかった。だが、お祝い事のときには、俄かに華やいで愉しむのだ。
ハッサンの妹ヤラが雇い主の豪商に眼をかけられていて、時々甘い干し果物をもらって来てくれた。シャキアはカンテラの納品に行くついでに、揚げ菓子を買って来てくれたものだ。
ノルデネリエには森の周辺で育つ牛たちがいて、クリームもある。オルデンは、街の高級な菓子店を見たことがあった。華やかなケーキの存在も知っている。食べた事はないのだが。
練った果物の小さな板は、焚き火に炙られて甘酸っぱい匂いをあげている。厳ついサルマンの顔にも、自然と優しさが現れた。甘味に喜んだ子供の頃を思い出したのだろう。
「ふふっ」
「甘いね」
ケニスとカーラは視線を交わして、嬉しそうに忍び笑いを漏らす。焚き火に照り映える少年少女の虹色と緑の髪は、ぴたりと寄り添って微かに混じり合っていた。
「ふわぁ」
甘いものでほっとして疲れが出たのだろう。ケニスが欠伸をした。
「なんだか眠くなっちゃったわ」
カーラもうつらうつらとし始める。オルデンがぎょっとしてカーラを見つめた。
「おい、眠いのか?」
「どうした、オルデン」
サルマンが状況を飲み込めずに聞いた。
「サルマンは知らねぇんだな?カーラは人の真似をして眠るけど、本当には寝なくていいんだよ」
「ん?」
「精霊が眠るのは、力を溜める時だけだ」
「え?やべぇのか?」
「ああ、滅多にないことだ。カーラ、ずいぶん力を使ったからなあ」
オルデンが心配そうに子供達を眺める。2人ともお菓子の欠片を指でつまんだまま、寄り掛かりあって眠ってしまった。
「ありゃりゃ」
「やめろよ!水を跳ね飛ばすな」
カワナミが笑い声をあげた。飛び散る飛沫にカガリビが抗議する。いつのまにか訪れていたアルラハブも怒ってゆらゆらと炎を燻らせていた。
「へんな匂いだねえ」
「何がだ?カワナミ」
カワナミは、子供たちが手にしたお菓子の食べ残しに顔を近づける。
「なんか、眠、はは、」
「おいっ!どうした!」
オルデンは慌ててカワナミを掴み、食べ残しの菓子を子供たちから取り上げる。やや乱暴に奪ったのだが、子供たちは起きなかった。
サルマンがぐっと眉間に皺を寄せる。ハッサンも怒りで蒼ざめた。
「なんだ、あの隠れ里」
「落ち着け、ハッサン。あそこで出された薬湯は何ともなかったろ?」
オルデンが諌めると、ハッサンは少し落ち着いた。
「ああ、確かに」
「怪しいのは、砂漠の女だ」
オルデンが指摘する。
「薬も捨てたほうが良いかもしれんな」
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