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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
249/311

249 お土産のお菓子

 火を通じて戦にも加わっていたカガリビだが、ここは生まれた場所である。ジャイルズがここで焚いた火から、カガリビは精霊の姿と力を得たのだ。


「やっぱりここが落ち着くよな!」


 カガリビが嬉しそうに言った。オルデンの頬も緩む。


「そうだな」

「うん。我が家って感じだよね」

「落ち着くわね」


 オルデンが理不尽な人違いから逃れて平穏を得たのもここだ。ケニスが拾われてすくすく育ったのもこの洞窟だ。カーラが見出されて人間の暮らしを学んだのも、やはりこの寝ぐらなのだった。



 ハッサンとサルマンは、物珍しそうに洞窟内を見回した。古びた道具や多少の硬貨が散らばっている。壁際には、毎年置いていた「オルデンとケニスの石」がそのままに並んでいた。虹色の石は見つけられなかったので、代わりに白い石を「カーラの石」としたようだ。


「ハッサン師匠とサルマンの石も探して来なくちゃね!」


 ケニスは血生臭い川船での戦いを忘れて、無邪気な声をあげた。洞窟に足を踏み入れて、穏やかだった森での日々がケニスの胸を満たしたのである。



「カーラ、隠れ里でもらったお菓子、炙って食べない?」


 皆が焚き火を囲んで腰を下ろすと、ケニスが木の実を練って固めたお菓子を取り出した。砂漠の伝承を話した人が、母のような気遣いで餞別に渡してくれた物である。今のところ、渡された薬草のお世話にはなっていない。


 薬草や丸薬とお菓子は、小袋の中で小分けの包みになっていた。包まれてはいるのだが、開かれた袋の口からは、薬草の香りが漂ってくる。



「ええ。炙ったら美味しそう」


 カーラも同意して、2人は小さくて四角い板のようなお菓子を火にかざす。大人の親指ほどのそのお菓子は、暗い赤茶色をしていた。種子らしき黒い点が全体に散って、水玉模様を描いている。


 華やかなお菓子ではない。だが、子供達にとっては貴重なおやつだ。アルムヒートやオアシスの街アルマディーナでは、干し果物やハチミツシロップにつけた揚げ菓子がご馳走だった。



 揚げ菓子は、薄く平たい紐のように伸ばした練り粉を、クシャクシャと丸めて揚げたものだ。大人の男の拳ほどもある大きなお菓子であった。


 軽みのある幻影ヤシの油を泳がせると、生成りのお菓子がやや膨らんで黄金色に変わる。魔法のようなショーだった。子供達のみならず、大人たちも眼を輝かせて見物する屋台なのだ。


 熱々の揚げたてに、売り子のおじさんが蜂蜜をオアシスヤシのジュースで煮詰めたシロップに潜らせてくれる。お祝い事に欠かせないこのお菓子は、街中に幾つか屋台が出ている。何故か必ずおじさんが売っていた。



「オアシスでもお菓子、たべたわね」

「甘かったね」

「これも甘そうよ」

「おばさん、甘いわよって言ってたな」

「楽しみね」


 2人はひそひそと睦まじくお菓子を火にかざした。



お読みくださりありがとうございます

続きます

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