247 先を急ぐ
双子の弟タイグのことは、ケニスの心に深い傷を残していた。助けるどころか会うことすら叶わなかった。他の兄弟姉妹や親戚たちは、ルイズが呪いであらかた息の根を止めてしまった。ギィの悪政で蔓延る悪人たちは、ノルデネリエの善良な民を苦しめ続けている。せめて、ギィの悪政の下でも生き延びている人々に、平穏な暮らしを贈りたいと思ったのだ。
「そうは言ってもなあ」
オルデンは感心しない、と言う雰囲気を出す。
「あとはエステンデルスに任せて、俺たちは砂漠に行くほうがよくないか?」
ケニスとカーラはハッとした。元々、砂漠の魔女が隠した心臓を消してしまう為に移動していたのだ。ノルデネリエ魔法船団との遭遇は、予期せぬ寄り道であった。
カーラがランタンを振る。虹色の光はエステンデルス平原を越えて、遠く国境の森へと空の路を示した。
「ハッサン、引き上げるぞ」
オルデンは、未だ船中で幸運刀サダを閃かすハッサンにも声をかける。
「南の砂漠に向かおう」
風が運んだ言葉には、応の返答が戻ってきた。ハッサンは素早く戦線を離脱してサルマンを拾うと、上空で一行に加わった。精霊の力では運べないサルマンを、魔法の風に乗せている。
「俺がやるよ」
ケニスが交替した。オルデンは解放された精霊たちの回復で忙しいのだ。ハッサンは自分が飛ぶ為には精霊の力を借りている。とはいえ、散々サダの力を使ったので、心身ともに疲れていた。明らかに魔法の使いすぎであった。
「ハッサン師匠は休んでくれよ」
「はは、かっこつかねぇな」
「仕方ないじゃないの。大人しく休みなさいよ」
サルマンも矢を射続けていたが、こちらは疲労の影が見えない。流石は剛弓の射手である。ハッサンは船の護衛職だ。体力は人並みはずれている。だが、ケニスの発見で幸運を敵から吸えることを知るまでは、綱渡りでサダを使っていた。生命力まで吸われ始めていたのである。
「エステンデルスの守りに精霊は貸せないけど、どうする?」
ケニスはオルデンに尋ねた。
「捕まえられたら始まんねぇよな」
ハッサンも眉を寄せる。
「しばらくはもつ魔法を置いてくさ」
「残りの精霊はどうするのよ?」
オルデンが何でもないことのように言うと、カーラが眼を吊り上げた。精霊たちの救出は、イーリスの子供たちが幸せになるために必要なのだろう。
「カーラ」
ケニスは空中で素早くカーラを抱き寄せると、自信の笑顔を見せた。
「大丈夫。俺に任せて。やり方は分かったから」
言うが早いか、ケニスは大事な少女の可愛らしい唇に軽いキスを落とした。大人たちは思わずそっぽを向く。カーラは眼を剥いた。
「ちょっと!ケニー!こんな時に、なにすんのよ!」
「何って?キスだけどね?」
ヴォーラの主は緑の髪を風に任せてニヤリと笑うと、片手に抱く精霊にもう一度軽いキスを落とした。
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