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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
247/311

247 先を急ぐ

 双子の弟タイグのことは、ケニスの心に深い傷を残していた。助けるどころか会うことすら叶わなかった。他の兄弟姉妹や親戚たちは、ルイズが呪いであらかた息の根を止めてしまった。ギィの悪政で蔓延る悪人たちは、ノルデネリエの善良な民を苦しめ続けている。せめて、ギィの悪政の下でも生き延びている人々に、平穏な暮らしを贈りたいと思ったのだ。


「そうは言ってもなあ」


 オルデンは感心しない、と言う雰囲気を出す。


「あとはエステンデルスに任せて、俺たちは砂漠に行くほうがよくないか?」


 ケニスとカーラはハッとした。元々、砂漠の魔女が隠した心臓を消してしまう為に移動していたのだ。ノルデネリエ魔法船団との遭遇は、予期せぬ寄り道であった。



 カーラがランタンを振る。虹色の光はエステンデルス平原を越えて、遠く国境の森へと空の路を示した。


「ハッサン、引き上げるぞ」


 オルデンは、未だ船中で幸運刀サダを閃かすハッサンにも声をかける。


「南の砂漠に向かおう」


 風が運んだ言葉には、応の返答が戻ってきた。ハッサンは素早く戦線を離脱してサルマンを拾うと、上空で一行に加わった。精霊の力では運べないサルマンを、魔法の風に乗せている。



「俺がやるよ」


 ケニスが交替した。オルデンは解放された精霊たちの回復で忙しいのだ。ハッサンは自分が飛ぶ為には精霊の力を借りている。とはいえ、散々サダの力を使ったので、心身ともに疲れていた。明らかに魔法の使いすぎであった。


「ハッサン師匠は休んでくれよ」

「はは、かっこつかねぇな」

「仕方ないじゃないの。大人しく休みなさいよ」


 サルマンも矢を射続けていたが、こちらは疲労の影が見えない。流石は剛弓の射手である。ハッサンは船の護衛職だ。体力は人並みはずれている。だが、ケニスの発見で幸運を敵から吸えることを知るまでは、綱渡りでサダを使っていた。生命力まで吸われ始めていたのである。



「エステンデルスの守りに精霊は貸せないけど、どうする?」


 ケニスはオルデンに尋ねた。


「捕まえられたら始まんねぇよな」


 ハッサンも眉を寄せる。


「しばらくはもつ魔法を置いてくさ」

「残りの精霊はどうするのよ?」


 オルデンが何でもないことのように言うと、カーラが眼を吊り上げた。精霊たちの救出は、イーリスの子供たちが幸せになるために必要なのだろう。



「カーラ」


 ケニスは空中で素早くカーラを抱き寄せると、自信の笑顔を見せた。


「大丈夫。俺に任せて。やり方は分かったから」


 言うが早いか、ケニスは大事な少女の可愛らしい唇に軽いキスを落とした。大人たちは思わずそっぽを向く。カーラは眼を剥いた。


「ちょっと!ケニー!こんな時に、なにすんのよ!」

「何って?キスだけどね?」


 ヴォーラの主は緑の髪を風に任せてニヤリと笑うと、片手に抱く精霊にもう一度軽いキスを落とした。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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