246 ケニスの国
魔法で換気していた船底だが、一気に蒸発した水は熱い蒸気となって充満した。邪法使いたちは慌てて身の回りに水や氷を作り出して我が身を冷やした。しかし、カーラの熱は冷やす速度を上回る。新しく作り出した水も氷も、同じように熱い水蒸気と化した。
「ぎゃあっ」
「あっちぃー!」
「ばか、早く冷やせ」
「やってる!」
「逆効果だ!」
「風!風を使え!」
カーラは虹色の火の粉を撒き散らす。カーラの火の粉は、水の中でも燃えるし虹色だ。自然の火ではないが、触れたら焦げるし場合によっては燃え上がる。
長剣ヴォーラをナイフの如く器用に振り回して、ケニスは無駄なく作業を終えた。火傷や傷を負った邪法使いたちが嫌でも眼に入る。ケニスの眉間には深い皺が刻まれた。流血や炎症に伴う臭いも酷かった。
猛スピードで外へ出たケニスは、ひらりと船を離脱する。
「ふーっ」
上空へと逃れてすぐ、ケニスは大きく息を吐いた。あまりの悪臭に息を止めていたのである。精霊や魔法の風で臭いを散らしても、まだ間に合わないほどだったのだ。
「ケニー、無理にもう一度行かなくていいぞ」
「そうよ、エステンデルス騎馬槍隊も乗り込んだし」
「ハハハ、ケニー真っ青だねえ!慣れてる連中に任せときなよー」
オルデンとカーラは心配し、カワナミは笑いながらも気遣った。ケニスが処理したのは、たったの一艘だ。残りはまだ11艘もある。
「ハッサンが槍騎兵の2人に邪法の破り方を話したみてぇだぜ。血生臭いとこは、本職に任せとこうや」
オルデンは重ねて言った。エステンデルスでは、古代精霊文字を消せば精霊たちが助かると言う事実が知られていなかった。魔法使いを全て「精霊喰い」として排斥し始めた頃から、伝承が途絶えたのだ。今回、ハッサンが老兵バリーと相棒の中年コンラッドに伝えたことは僥倖だった。
皆がもうやめておくように勧めるが、ケニスはゆっくりと首を横に振る。
「けど、俺には責任があるし」
カワナミが盛大に飛沫を飛ばした。
「責任ー?アハハ、ケニー何言ってるの?ノルデネリエとエステンデルスの戦争だよー?ケニー関係ないよねえ!」
「カワナミこそ何を言うんだよ?ノルデネリエは俺の国だろ?」
ケニスは、ノルデネリエ精霊王朝の最後の1人である。妹のルイズはケニスの親族を悉く呪いで死に追いやった。そのルイズもギィに乗っ取られて、肉体が強大な力に内側から蝕まれている。
「えー?ケニーを捨てた国だよ?夜の森に捨てて殺したつもりだった奴等だよー?ケニー変なのー!ハハハッ」
「それでも、イーリスが救いたかった人たちだし、ギィに苦しめられているノルデネリエの人々も助けたいんだ」
ケニスの瞳には、虹色の光が清廉に燃えていた。
お読みくださりありがとうございます
続きます




