245 船底の攻防
膠着状態を破るべく、ノルデネリエ魔法船団は草を薙ぎ倒してエステンデルス平原を走り出す。行手には、エステンデルス騎兵団の本隊が近づいて来ていた。
「なんだ、うわあっ!」
船縁からは魔法の草が這い込んでくる。ケニスの魔法だ。ヴォーラの扱いにすっかり慣れたケニスは、水や草で撹乱しながら船底へと潜り込むことに成功した。
船団は、攻撃に全振りしていた魔法を浮遊と推進にも使っているのだ。魔法船団の戦力は全体的に低下していた。邪法の力は向かうところ敵なしではある。しかし、力を吸い取る精霊を使い潰せば極端に弱体化する。生まれつき精霊と関係なく無尽蔵の魔法を使える、ケニスやオルデンとは違うのだ。
「ううっ、生臭い」
「たくさん死んだのね」
船底へと向かう途中、血の臭いが漂っていた。ハッサンやエステンデルス騎馬槍隊が切り捨てた、邪法使いの流した血なのだろう。死骸は川底に投げ捨てられたらしく、見当たらない。ルフルーヴ川の澄んだ流れは、ノルデネリエの邪法使いたちによって薄ら赤く染められていた。
死骸を目にしたわけではないが、捨て置かれた血溜まりは恐ろしかった。ケニスにとっては初めての戦場だ。人間が切り捨てられるところは、見たことがないのだ。今回も、実際には見ていない。上空で魔法を操るのに必死だったからだ。
実感がないとはいえ、流血の痕跡は人の死を告げていた。精霊であるカーラは、知らない人間がいくら命を落とそうが気にならない。だが、ケニスには人間の部分が多いのである。直接見たことのある死骸は、動物だけだ。森にある動物の死骸は、冷たく艶がなく強張った表情をしていた。死というものは、それだけで恐ろしかった。
「ケニー、気分悪いならやめましょう?」
船底へと降りる階段で、カーラはケニスに声をかける。
「いや、大丈夫」
青白く顔色を無くしながらも、ケニスは階下へと進む。かつてハッサンと出会った海を走る交易船と違って、船底は部屋に分かれることなく広がっていた。
「わあっ」
「ちょこまかとっ」
邪法使いたちの集団へと勢いよく乗り込んだケニスとカーラは、魔法で道具を引き出してゆく。表に出された道具から、刻まれた古代精霊文字を削り取る。一振りで幾つもまとめて削いでゆく。邪法使いたちも黙ってはいない。
「逃すなっ」
「なんてスピードだよ」
「化け物め」
名前で縛られた精霊たちを容赦なく使役し、或いは力を吸い取り、激しい攻撃を仕掛けて来た。標的だけを燃やす火を鞭のように打ち付ける者がいた。
「ふん、効かないわよ」
ケニスもカーラも本質が炎なのだ。火の魔法は敵ではない。続いて襲う水の刃も、カーラの熱で蒸発させてしまう。
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