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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
243/311

243 ケニスは敵なしの精霊剣士となる

 風を纏い身を低くして、ケニスは船尾から船尾へと駆け巡る。船尾では輝石の収集と精霊を縛る文字の刻印が行われていたからだ。ケニスは魔法の網を切る時に、輝石に刻まれた古代精霊文字も削ぎ落とす。動作が上達して砕かなくとも道具を使えなくする方法を編み出したのだ。


 ついでにヴォーラの刃先で作業員に軽く触れ、邪法使いから幸運を吸い取る小技まで身につけた。現地調達が可能となり、ヴォーラに与える幸運の量を調整する必要がなくなった。



「ヴォーラ!幸運を力に!」


 ケニスは愉しげにヴォーラに刻まれた銘文を読み上げる。余裕を感じさせるケニスの周囲には、白い幸運の光がマントのように翻る。


 それまでは、自分の持つ幸運が尽きれば命を吸い取られる危険があったのだ。ヴォーラを剣として振るう際、自分の幸運で遣い手には幸運、獲物には運の尽きという構図であった。それが今や、使う分は使いたい相手から吸い取れる。


 相手の幸運を力に変えるのだから、遣い手はノーリスクである。ヴォーラは幸運を吸えればいいのだ。それが味方のものであろうが、敵のものであろうが。そこに気がついたケニスは、もはや戦場で無敵に近い存在となっていた。



 守りと移動の魔法を捨てて、ノルデネリエ魔法船団はいよいよ攻撃に全振りで猛攻を仕掛けてきた。飛び回るケニスとカーラは、第一の標的だ。


「空撃隊、上空の奴等はまだ撃ち落とせないのか!」

「狙撃隊、岸の弓兵をさっさと潰せ!」

「速射隊、岸辺のバカどもを早く殲滅しろ!」


 中程の船にいる船団長らしき女が喚き散らしている。魔法に乗せた声なので、囁き声であろうとも聞こえるのだが。ビリビリと空気を震わせて、ヒステリックに叫ぶ。


「精霊捕獲隊!何をしている!」


 ケニスに翻弄されている各船尾の集団へは、一際怒りを含んだ叱責が届く。作業員は舌打ち混じりでケニスと対峙していた。


「威張り散らしやがって」

「こっちは化け物に作業を止められてるってのに」

「すばしこい上に文字は全部消されるし」

「どうしろってんだよ」

「動きが速すぎてぶつかられたら吹っ飛ぶしよ」


 ケニスの速度は突風なみだ。僅かに触れてしまえば、水の中に飛ばされてしまう。ノルデネリエ魔法船団のあちこちから、ドボンバシャンと情けない水音が上がっていた。


 ぶつかられた衝撃で、打撲や骨折の傷を負う者も多かった。やっとの思いで船に這い上がるが、飛べない者どもはロープを垂らして貰うしかない。助け上げるために魔法を使えるほどの余裕は、最早彼等には残されていないのだ。



「見ろ!ぐずぐずしてる間に、エステンデルス騎兵団本隊まで来やがった!」


 団長は怨嗟の唸りを上げる。


「小賢しい!えい、仕方ない。上陸するぞ!全体、浮上!離水せよ!」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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