24、人喰いの白龍
賢い龍は無礼な若者が愚かでは無さそうだと思った。
「話ができる生き物を、喰おうとは思わんだろ?」
賢い龍は愉快そうに言った。
「そうだな。いくらなんでも、夢見が悪ぃぜ」
若者はとうとう剣を腰に収めた。若者の態度は粗暴だが、心根は真っ直ぐなようだった。
「俺は農夫。農民上がりの龍殺しだよ」
「既に龍を殺したのか」
賢い龍は、不快そうに目を細める。
「人喰いの龍だよ。俺らは山向こうのエステンデルス平原に住む貧しい農民で、川沿いの王国ルフルーヴの国民だった」
「だった?ルフルーヴは龍に喰われて滅んだのかね?」
「そうさ。ひでぇもんだった」
ジャイルズはちょっと顔を顰めて、言葉を切った。
「どこからともなく飛んできた、羽のついた真っ白い蜥蜴のような生き物が、突然城を襲ったんだ」
「そんなことが。この山奥では気がつかなかった。同じ龍としてお詫びする」
「いや、あんたには関係ないよ」
ジャイルズは片手を上げて、悲しそうに振った。
「丘の城から響く悲鳴は麓の平原にある俺らの村にまで聞こえた。一体なんだろうと思って、俺たちは城の方を眺めていた」
龍の姿は見えず、火の手は既に上がって東の空を赤黒く染めていた。
「暫くすると、城の兵士が何人か村にやってきて、鎌でも鋤でも持って戦えと言ったんだ」
「なんと無謀な。逃げられるうちに逃げれば良かったのに」
ジャイルズは頷く。
「だよな。でも、俺らは兵士に逆らえねぇし。そこら辺の農具を手にして丘に向かった」
「気の毒になあ」
賢い龍は眉のない額に皺を寄せた。
「人喰い龍は炎を吐いたりしなかったんだが、なにしろルフルーヴの城とおんなじくらいでけぇ奴でよ。そいつが暴れりゃ、煮炊きや灯りの火があちこちに燃え移んだろ?」
「城も燃え落ちたか」
「そうさ。城から逃げ出してくる連中と行き違いながら、俺らなんであそこに向かってんのかなって、なんだか妙に可笑しくてよ」
賢い龍は、ジャイルズを痛ましい思いで眺める。
「そしたら、恐怖もどっか行っちまった。決意とかじゃねぇよ?何だかただ可笑しくてよ。城壁に入ったら、そりゃもうひでぇ有様で」
物も人も、滅茶苦茶になって燃えていたのだ。ジャイルズは心が麻痺していたので、酷い、と理解しつつも無心で走った。
「農民を呼びにきた兵士もよ、今思うとおんなじだったんだろ。なんつーか、川に投げ込んだ枝が流れてくみてぇな」
正気になれば、そんな所へ、しかも避難民の流れに逆らって戻るなどあり得ない。だが、真面目な兵士の真っ白になってしまった頭には、城を守ることだけが残った。連れて行かれたジャイルズたちは、シロトカゲを退治すると言う無謀な命令に無条件で従った。




