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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第一章 国境の森
24/311

24、人喰いの白龍

 賢い龍は無礼な若者が愚かでは無さそうだと思った。


「話ができる生き物を、喰おうとは思わんだろ?」


 賢い龍は愉快そうに言った。


「そうだな。いくらなんでも、夢見が(わり)ぃぜ」


 若者はとうとう剣を腰に収めた。若者の態度は粗暴だが、心根は真っ直ぐなようだった。


「俺は農夫(ジャイルズ)。農民上がりの龍殺しだよ」

「既に龍を殺したのか」


 賢い龍は、不快そうに目を細める。



「人喰いの龍だよ。俺らは山向こうのエステンデルス平原に住む貧しい農民で、川沿いの王国ルフルーヴの国民だった」

「だった?ルフルーヴは龍に喰われて滅んだのかね?」

「そうさ。ひでぇもんだった」


 ジャイルズはちょっと顔を顰めて、言葉を切った。


「どこからともなく飛んできた、羽のついた真っ白い蜥蜴のような生き物が、突然城を襲ったんだ」

「そんなことが。この山奥では気がつかなかった。同じ龍としてお詫びする」

「いや、あんたには関係ないよ」


 ジャイルズは片手を上げて、悲しそうに振った。



「丘の城から響く悲鳴は麓の平原にある俺らの村にまで聞こえた。一体なんだろうと思って、俺たちは城の方を眺めていた」


 龍の姿は見えず、火の手は既に上がって東の空を赤黒く染めていた。


「暫くすると、城の兵士が何人か村にやってきて、鎌でも鋤でも持って戦えと言ったんだ」

「なんと無謀な。逃げられるうちに逃げれば良かったのに」


 ジャイルズは頷く。


「だよな。でも、俺らは兵士に逆らえねぇし。そこら辺の農具を手にして丘に向かった」



「気の毒になあ」


 賢い龍は眉のない額に皺を寄せた。


「人喰い龍は炎を吐いたりしなかったんだが、なにしろルフルーヴの城とおんなじくらいでけぇ奴でよ。そいつが暴れりゃ、煮炊きや灯りの火があちこちに燃え移んだろ?」

「城も燃え落ちたか」

「そうさ。城から逃げ出してくる連中と行き違いながら、俺らなんであそこに向かってんのかなって、なんだか妙に可笑しくてよ」


 賢い龍は、ジャイルズを痛ましい思いで眺める。



「そしたら、恐怖もどっか行っちまった。決意とかじゃねぇよ?何だかただ可笑しくてよ。城壁に入ったら、そりゃもうひでぇ有様で」


 物も人も、滅茶苦茶になって燃えていたのだ。ジャイルズは心が麻痺していたので、酷い、と理解しつつも無心で走った。


「農民を呼びにきた兵士もよ、今思うとおんなじだったんだろ。なんつーか、川に投げ込んだ枝が流れてくみてぇな」


 正気になれば、そんな所へ、しかも避難民の流れに逆らって戻るなどあり得ない。だが、真面目な兵士の真っ白になってしまった頭には、城を守ることだけが残った。連れて行かれたジャイルズたちは、シロトカゲを退治すると言う無謀な命令に無条件で従った。

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